実写/オプティマス | ナノ
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Confiance

戦友、親友

意識のないユマの身体をスキャンし、そのデータをラチェットへ転送した。医療に関してはトランスフォーマーに対しても人間に対しても素人目だが、ユマの額の上部が僅かに切れているのは確認できた。鮮血が痛々しい。人間の医療チームが彼女を緊急に治療するだろうが、それだけではおそらく情報が不足するだろうと予測した。施しを受ける前に彼女がこのプリテンダーに何をされたのか知りたかったためだ。ユマを手中におさめたまま、体を擬態させる。シートに横たわらせ、走行中の振動に耐えられるよう彼女の身体を固定し、発進させた。短時間とはいえよほどのストレスだったに違いない。負荷に耐えられなかった身体は消耗しきり、心拍を確かめて命に別条はないと何度確認しても、命の輝きが乏しく思えて仕方なく、不安になるほどだ。どうか、精神のダメージは元より、何より彼女の身体が傷ついていない事を願うしかなかった。彼女の頭部から滴る血液が、シートに落ちてきた。37度というその温度の頼りなさに今更ながら愕然とした。こんなところで、彼女は人間だということをまざまざと見せつけられた。とてもショックだった。とうに自覚していたはずだったのに、私はショックだった。我々は気が遠くなるほど違った生命体だということ。そしてこんなに脆い存在を、見境がなくなるほどに必要としている自分自身に、衝撃を受けたのだ。
アイアンハイドから任務完了の報告が届いたのは走行中だった。
大統領が派遣したトランスフォーマー研究チームは解散となった。研究室に残っていた残党はトリプルチェンジャーがいたようだ。飛行型へと姿を変え、遠い空へと逃亡し飛び立っていったのは2機。追いかけることはしなかった。そしてアイアンハイドと三姉妹率いるNESTとの共同部隊が残りの何体かを撃破したとの報告を受けた。データが政府に押収される前にクロミアへバックアップを取るよう指示した。これでプリテンダーたちのおおまかな目的が把握できるだろうと予測した。
───ひとつ己の中で排気をもらした。
人類との関係を修復したい。
一刻も早く。先ほど息絶えた亡骸の手のひらからオールスパークの欠片を抜き取ったことを思い出す。失われた目の光、ボロボロの胴、虚しい無表情…、
私は、あと何回これを繰り返さなければならないのだろうか。戦いに明け暮れることのない未来、その公算はここにもないのだろうか。狂気が終わることはないのか。





一連の事件から一週間が過ぎようとしていた。いつものように朝が来て、任務がなければ訓練になる朝8時。朝食としては遅い方だ。事態の収集に追われるのは政府の人間なので、一番いざこざに近い場所にいて蚊帳の外なのが兵士である。もう次の任務が待っているのだ。しかし今回ばかりは休暇を取り逃がしたレノックスとエップスが優遇された。休暇の目処がついたのだ。二人はわりと早く目処がついてよかったという主旨の会話をしていたが、食事が進まなかった。エップスがため息をつきながら口火を切った。

「…結局、なんだったんすか」

食べていた手を止めたレノックスが目線だけを上げ、エップスを捉えたあと、「なにがだ」と答えた。

「あれからあいつらが格納庫から出てきたの見たか?誰かオートボット見た?」
「……」
「だいたい、あの人間みてえなロボットみてえな、あの気持ち悪いのなんだったわけ?」
「お前、報告聞いてないのか」
「…ってなに、少佐は聞いたのか?」

エップスは怪我をおしての出動だったので腕のギプスは早々に取れたが、やはり怪我人だったために対処に追われることがなかった。疲れた表情のレノックスがため息をついた。

「内乱だ、オプティマスに反旗を翻したのが、ディセプティコンだけではなかったというだけの話だ」
「…なに、あいつらディセプティコンじゃなかったのか?」
「ああ」
「……」
「エネルゴン探知機が反応しなかったのはプリテンダーだったかららしい。体の中で特質なエネルゴンになり、反応しなくなる」
「隠密型か。いろんな人種がいるんだな」
「目的は欠片だ」
「しかしあれだな、敵うと思ったのかな」
「…さぁな」
「だってあんなでっけえ奴がウロウロしてて、俺たちだってあっちの味方なんだぞ。馬鹿だな」
「……」
「……」
「……」
「…ってそれ言ったら俺たちも相当馬鹿か。はは」
「たぶん大義があったんだ、俺たちみたいに」

誰に思いを馳せればいいのか分からなくなると、言葉が出てこなくなる。皆そうだ。オプティマスを思っても、巻き込まれたサムを思っても、巻き込まれに行く自分たちを思っても、怪我をしたユマを思っても。ユマを思い出し、思考が止まる。

「ユマ」
「ユマ…」

レノックスとエップスが、同時に声を発した。

「…大丈夫すかね」
「ああ、手術は成功したみたいだし、そのうち回復するだろう」
「頭の骨、ちょっと欠けてたって?」
「ああ」
「怖いな…」
「この基地に残っているのは、ユマだけだな。一般人」
「ああ。体動かせねえからな。…いくら国家機密との付き合いとはいえ、軍人レベルっすよ。慣れてる俺たちは骨が家族に行けばラッキーだが、それを一般人が背負い込むとなると…」
「……」
「頭蓋骨が一部セラミックになるってのに家族に許可も拒否も取らせねえとか」
「…彼女が選んだ道だ」
「……」
「……」
「…言葉にしていいかわかんないっすけど…、強いっすね」
「…そうだな」





あれから一週間が過ぎ去った。
オートボットは一般人全員の救出を成功させたが、表向きとして格納庫(居住区)から出てはならないという軟禁処分を参謀本部から受けた。ラチェットのラボでしばらく過ごしていたサイドスワイプも今は完治し、我らはプリテンダーが残していった爪痕から、一連の事件の謎を追求していた。クロミアがとった研究室のバックアップからは、プリテンダーたちに乗っ取られる前のチームの任務、関係者全員に対する質問事項をまとめたデータ、関係者のパーソナルインフォメーション、そして大統領からの指示がトップシークレットで保管されていた。大統領はやはり、我らを信用するか否か判断するための秘策として、我々に関わる人間たちを使い我らに武器強化の提案をするつもりだったようだ。人間は非常に回りくどい。そしてウィルスに侵されたデータのバックアップをとったクロミアがウィルスの影響で調子を取り戻せなくなり、ラチェットの患者がまた増えた。
プリテンダーの名前は誰一人として分からなかった。サイバトロンで使っていた名前は捨てたらしい。

『全くたちが悪い』

ラチェットが吐き捨てたが、なんともいえない虚無感がわだかまった。
そんなラチェットのラボに座り込み、負傷した右カメラアイの最終チェックを受けている。古いケーブルの先端を焼き切るラチェットの赤いレーザーを左眼で眺めた。

『大丈夫か、オプティマス』

レーザーが照射し終わると、腕の治療器具をまた別のものに変形させているライムイエローの軍医を見上げる。

『奴は…、センチネルに師事していたと言っていたが、私はその存在すら知らなかった』
『……誰も知らなかった』

そこまで会話をしたところで、アイアンハイドがラボへ入ってきた。

『目の調子はどうだ、大丈夫かプライム』

この二人の戦友は、同時に親友でもある。二人の顔を見て緩く頭を振り、私は私がどうでもよくなった。気が抜けた。

『…"私がアークに乗れば良かった"、その通りかもしれない』

ラチェットとアイアンハイドは顔を見合わせ───、そしてラチェットが私の肩に緩やかに手を置いた。

『そう自分ばかり責めるな。昔からの悪い癖だ』
『……』
『お前がプライムであったからこそ我々はこうして生き延びたんだ』

ラチェットの励ましの言葉に頷く。ユマはどうしているだろうか。病室へ会いに行ってやりたいが、あいにくそれはいまだ叶わない。意識が戻っているだろう。しかし彼女はもう私と向き合うことをやめるかもしれない。

『……』

アイアンハイドが緩衝材へ腰掛けた。うつむき、カメラアイだけを動かしている。

『ユマには、まだ会えないのか?』

アイアンハイドの質問に、ラチェットが答えた。

『まぁそのうち機会はくる。手術は私も見守る許可を得られてよかった。彼女を脅かすものが脳に入らず何よりだ。調べられてよかった』

二人が、私を見ている。私はカメラアイを閉じ───、彼女を思った。

『───私に対して、自信がないと言っていた…』
『……』
『自由を奪うばかりか、傷つけてしまった』
『…傷がつかない関係などない』

アイアンハイドのその言葉に、思わずカメラアイを開く。

『ユマは受け止めている。覚悟ができている。お前が生かしている』
『……』
『アイアンハイドの言う通りだ。そして彼女によってお前も"自分"を取り戻している。…生きている』

生きている、…
いつの間にか記憶回路は、ユマの全く迷いのない、くすみのない、いつもの優しい笑顔を再生させていた。

『自責の念に駆られるのはよくわかる。我らの星の事も。…負け戦だった、あの戦いは。我々は負けてしまったのだから、未来しか残っていない』
『……』

うつむいていた身体を起こす。

『…最初にお前からユマの事を聞いた時、私は正直驚いたよ』

思わずラチェットを見上げた。

『…そうなのか』
『我らがプライムの選んだ相手が、この星でしか生きられない有機生命体だ』
『…』
『何もかもが違う生き物が、互いに何ひとつ疑わずに一緒にいる。不思議な絆だと思った。私はお前のその選択に、確かに未来を感じたんだがね』
『ラチェット…』
『あの人間はお前の未来じゃないのか』

未来…、

『そして彼女にとっても、お前は未来じゃないのか』
『……』
『たまたまその命がこの星にあっただけだ』

アイアンハイドが無言で肯定の眼差しを向けている。私はこの二人の親友に、一生かけても謝意を払いきれない気になった。

『誰もが誰かにとっての未来だ。私はその未来を繋ぐ為に傷を治し、命を繋いでいるんだ』

人間向けの小さな窓から、地球の世界が広がる。空が青く、雲が棚引いている。変わらぬ朝が、この星に届いていた。

2014/09/29