Reason
国境を越えて
ユマから電話を切られた後のレノックスとエップスは素早かった。無駄な動きはない。輸送機が動き出す前に、パイロットへ素早く座標を知らせた。
「北緯29度、東経35度は紅海の先端、アカバ湾です」
控えめに言っても、政情が安定した地域ではありませんよ、少佐、と続けられた言葉に、エップスも眉をひそめた。
「マジかよ、エジプトだって?仮にそこにオプティマスを運べたとして、あのガキどうやって生き返らせるつもりなんだ?」
レノックスは小さく何度か確認するように肯き、それから確かな自信があるように大きく頷いた。
「敵があれだけ躍起になりサムを探してる。それは彼が奴らの知らないことを知ってるか、持ってないものを持ってるからだろう。しかもオプティマスのことを一番よく知ってるユマまで一緒にいる。二人が俺たちよりも状況を把握してるのは確かだ」
はー…、とエップスがため息をついた。歩き出したレノックスについていく。
「二人を信じるしかない」
「「"暁がダガーの剣先を照らすとき、三人の王が扉を開く"」」
「…意味は?」
「全然わからない」
サムは、前を向いたまま真剣に呟いた。
エジプトとヨルダンを結ぶ荒廃した境目で、白い砂を巻き起こしながら鮮やかなラリーイエローのカマロと、滑らかなフォルムで飾り立てたシルバーのソルスティス、そして二台の双子。場違いなカラフルな集団だ。
「やべえ、パスポートなんて持ってねえよ!!」
ここが国境沿いの検問所であっても、この地域の規模は小さなものでしかなく、だがしかしここでしっかりと任務を果たそうとしているたった数名の目を誤魔化さなければ、オプティマスを救うことができない。
たった数名でも、それは大変な脅威であるし、切り抜ける寸前は全員が心拍数が上がる。
「パァァースポォォート!!」
叫んでいるが、全く何を言っているのかわからない。骨董品屋にある、見知らぬ国のブリキの玩具のような見た目の、小柄な男性が近寄ってくる。バンブルビーの体を人差し指で、音が鳴るくらい撫でつけている。
「監視カメラがある…」
サムが呟いた。
「大丈夫、私も36分の1、アラブ系だ」
とシモンズ。
『…小さい奴だな。小さい奴は気が強い。テキトーにもちあげとけ』
ウィーリーがユマの腕から身を乗り出してそう言ったあと、またすぐユマの腕に戻ってきた。幸せそうにユマの胸あたりですりすりしている。
それと同時に、ブリキの玩具のような男性が、舐めるように車内を覗き込んだ。シモンズが機嫌を取るのに必死だ。
「あ、アー、アシュファーナ…、ダガー…、ケンサーキ、ソコ行きたい」
………だめだこりゃ。
車内の5人はとにかく笑顔を作った。
ブリキの男性の眉間には、まだしわが寄ったままだ。だが意外なところで、その表情は和らいだ。
「旅行にきたんだ、コレ、私の家族!息子と、娘!ニューヨークから」
サムを抱き寄せてそう言ったシモンズに、男性は、
「ニューヨーク!?」
とキラキラ目を輝かせて聞き返した。
皆訳が分からないが、とにかくいっぱいいっぱいに冷や汗をかきながら、目一杯の営業スマイルで頷いた。
「…50キロ先だ!」
とにかくニューヨークが良かったらしく、態度は180度変わった。バンブルビーがゆっくり走り出す。通してもらえればこんな所に長居は無用だ。
「あんた俺の知り合いに似てるよ、他人とは思えない。ありがとう!!ありがとう!」
「GO!ヤンキーーース!」
精いっぱいのシモンズのよくわからないお礼の言葉さえ、嬉しそうだった。
ユマはとにかく胸をなで下ろした。ただ、監視カメラにサムが写り込んでしまった事は、誰も知る由がなかった。
見事としか、言いようがない。駱駝色の石が幾層にも重ねられている。教科書で見たことはあるが、実際近くに寄り見てみると、こんなに大きなものなのか、と思う。
ピラミッドだ。
「エイリアンが作ったのか?」
シモンズが呟いた。
ここまでくればオートボットたちも擬態を解いて問題がない。短くその指示がジャズから全員に出され、皆がトランスフォームした。ユマはそれをちらりと見た後、またピラミッドを見上げた。
『潜入捜査だ、まわりに溶け込めー、まわりに』
警戒して歩いていたスキッズが、バンブルビーに気づかずはね飛ばされる。アーォ!!と言いながらよろけるスキッズを仕方なさそうに支えたのは、ジャズ。
『もう少し落ち着けんのか』
5人はピラミッドの中へ入っていった。ウィーリーも。
『ちゃんと見張ってろよ、能無しオートボットめ』
口だけは達者だ。
言われる間にジャズから指示が下った。ピラミッド付近にビークルモードで待機。
オートボットはそれを素早く受けて散りだした。
09/07/29