Reason
ディエゴガルシア基地
上海での尊い犠牲は、米、英合わせて三名だった。その棺に敬礼をするレノックスの後方で、ブラックホークのけたたましい音が鳴り響いている。
上海から、ディエゴガルシア島の基地に帰還したオートボットとNEST部隊の面々は、それぞれの此処でのあるべき場所へ戻るわけだが、今回の帰還は前回までのそれとは、雰囲気はまるで違っていた。
都市の半分以上が壊されてしまったものの、概ね成功といえる今回の作戦だったわけだが、今回の最大の敵ともいえたデモリッシャー。
このディセプティコンが放った死に際の一言が、オートボットにも、もちろん二年間共に戦い多くの実戦経験を積んできたNEST部隊の面々にも、重くのしかかっていた。ディエゴガルシア島を囲んでいる鮮やかな環礁とは全く正反対の、ダル系統の色を思わせる、後味の悪い帰還。エップスが言った「いやな予感」は、脅威を目の当たりにしてきたこの機密の精鋭部隊にとって、軽視のできないものであることは確かだった。
そんな中の国家安全保障担当補佐官の訪問は、ここにいる全員にとって本心では、不愉快きわまりないものだった。補佐官という存在が不愉快なのかといえば、そうではない。この男が補佐官だから、不愉快なのだ。
尊い犠牲者に目もくれずに、大統領からのメッセージを伝えにきただけだ、と告げたこの補佐官ギャロウェイに、レノックスは立場を弁えた表情で接する事でいっぱいいっぱいだった。
巨大な格納庫に収まってゆくオートボットたちに若干遅れて、バージョンアップした賑やかな若いオートボットの双子が入ってくるのを、オプティマスは左手に確認した。
いつもの完了報告に加えて、必ず伝えておかなければならない事があったので、オプティマスは格納庫の方へは曲がらなかった。
モニタースクリーンに映るモーシャワー将軍に報告するなかで、レノックスもオプティマスの意図を汲んでいた。
「今回の作戦最後で、緊急に報告しなければならない出来事がありました。具体的な内容は、オートボットのリーダーが説明してくれます」
オプティマスが擬態を解く横で、ギャロウェイ補佐官があからさまにたじろいだ。
「神が人間を作ったとしたら、コイツらは一体だれが作ったんでしょうね」
エップスがギャロウェイに理解を示しながら見つめる横で、オプティマスはモーシャワーに対して報告をし始めた。
『将軍、我が同盟が食い止めたディセプティコンの襲撃は今年六回、いずれも異なる大陸でだ。敵は何かを探し回っているようだ。だが昨夜は様子が違い、ある警告があった』
真剣に聞き入るモニターの向こうのモーシャワーに対し再生された言葉は、謎めいていた。
『……"堕落せし者は…蘇る…"…』
オプティマスの声ではない。死に際のデモリッシャーの声を直接、オプティマスは再生した。
「─フォールン(堕落せし者)?一体何のことだ?」
モーシャワーの質問に、オプティマスは明確な答えを出すことができなかった。
『その由来は不明だ。我々の過去に関係があるように思える。我が種族の歴史はオールスパークの中に記されていた。だが確認できない。我々の歴史は、種族の起源も含めてオールスパークの破壊とともに失われた』
そこで「ちょっといいか?」と口を挟んだのは、訪問者だ。ギャロウェイは自信に満ち溢れた態度でオプティマスを見上げた。
「そのオールスパークとやらは破壊された。もう地球に用はないはずだ。なのに奴らは去らない。ということはだ、奴らが求めている別の何かが、まだ地球にあると考えねばならない」
レノックスが、モーシャワーとオプティマスに訪問者を紹介した。
「国家安全保障補佐官のギャロウェイ氏です。大統領が派遣されました」
うんざり、といわんばかりのレノックスの表情を、モーシャワーは読み取った。
「─…そんな話は聞いていないぞ」
小さく呟いたモーシャワーに対して、口を挟んだ事に心のこもっていない謝罪を述べた後、この高圧的な補佐官の言い分はまだ続いた。
「上海の被害をみて、大統領は困難を痛感されたのだ。その後始末と偽装工作にともなう困難とかかった費用を考えると、責任ある立場として言わせてもらいたい」
オプティマスの横で、エップスはめんどくせえ、と思ったが言わなかった。ギャロウェイはオプティマスを視界に入れた。
「さて、君はエイリアンオートボット機密協力協定のもと、我々に可能な限り情報を提供することに合意した。しかし武器技術に関しては合意していない。それがあれば我々は自力でもディセプティコンにかなり対抗ができるはずだ」
オプティマスは、それに対してはこれ以上ない、的確な回答をした。
『人間が戦争をするのを目にしてきたからだ。武器は利益より、さらなる被害を齎す』
巨大な人差し指で差され、ギャロウェイはたじろぎながらも反論した。
「何が最善かを君が決めるのか?君は我々に指導的な事を言える立場なのか?自身の惑星は内戦によって滅んだと認めている。君はここでは客の立場にすぎないのだよ」
レノックスも、エップスも黙ってはいなかった。
「お言葉ですが我々は二年間ともに戦ってきたんですよ」
こんな"わからずや"の官僚に臆する必要はないのだ。
二年間、共に戦ってきた。血と汗と、油と涙を、ともに流した仲間だ。
けれども、結局この官僚にここのメンバーが何を言っても、心には響かない。彼は戦いを実際に見ていないのだ。
無理もないか、とオプティマスは思った。
横で、撃ちましょうか、というたぎったエップスの苛立ちに、とりあえずオプティマスは、落ち着け、と窘めた。
「それから、新しいチームメンバーだが、彼らが来たのは君が宇宙へメッセージを送ったからだな?地球へこいと招いたわけだ。ホワイトハウスの、許可なしに」
それにはモニターの向こうのモーシャワーが水をさした。
「その辺にしたまえ、その件はここで承認された。私の知る限り、レノックス少佐と彼のチームの決断は、非の打ち所がない」
「そうだとしても、国家が危機に瀕したとき、判断を下すのは大統領だ。ほかの誰でもない」
最終的に、ギャロウェイは今日一番聞かなければならなかった事を聞いた。それが今日の彼の任務だった。
「敵は一体全体、何が狙いで地球に居座るんだ?まあ、思い当たる理由はひとつ。…君だ、オートボットたちだ。敵は君達を捕らえにきたのだ。君達以外に地球に獲物がいるか?"ザ・フォールンが"?"蘇る"だと?…また何か現れるのか?…ということはだ、君達を地球に匿うのをお断りするのが、国家の安全上最良の策だと、決定した場合、…黙って出て行ってくれるかね?」
オプティマスはこれにも的確に答えた。
『君達には自由がある。要請されればそれは、尊重しよう』
あっさりとしたオートボットの指揮官の飲み込み具合に、ギャロウェイは少々手応えなさげに、しかし勝ち誇ったように頷いた。
『…だが大統領が決断をくだす前に、彼にこう聞いてくれ。"もし我々が去っても…"』
オプティマスはまっすぐにギャロウェイを捉え、体を圧した。
『"……敵が残っていたら?"』
レノックスは心の中でガッツポーズをして、肯きながら小さく呟いた。
「…いい質問だ」