実写/オプティマス | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Reason

スパーク・リング

「─BBSニュースフラッシュ、──」

普通の生活である。
無表情なキャスターの声を無視して、掃除機をかけている。部屋の隅はノズルを替えてやらなければ気が済まない。いつもの日々だ。
表面上は。

「─上海より速報です、上海の工業地帯で、大量の有害物質が流出、市民は全員…─」

"上海"の一言で、かぶりをあげた。

「──新しい情報が入り次第…──」

世界を飛び回り、太刀打ち出来ない脅威にあえて立ち向かっている者たちがいる。実際にいるのだ。
ある時は犠牲を伴って。
テレビに気を取られていた横で、棚からかしゃんと音を立てて落ちた、小さな指輪を拾い上げた。インディゴブルーのそれは指に吸い付くようにしっくりと合う。たとえ指が徹夜明けで浮腫んでいたとしても、あるいはそれ以外の理由で体重が増えてしまって指のサイズが変わったとしても、それはしっくりとなじむ。
彼等を取り巻く流体金属とはそういうものらしい。
指輪にはめ込まれた石は、今日も青白く発光している。

有名な映画女優が、結婚した相手の血液をガラス玉に注入してペンダントにしていたらしい。
聞いただけでは誰でも狂気じみているというかもしれない。けれど実際似たようなことをしてみると心や魂といった、目に見えない何かが、たとえ肉体が離れていてもそばにいるのではないかと"勘違いできる"。
言い換えるならば、この指輪もそれに近いのかもしれない。
結局その女優は、離婚して、新たな幸せを見つけてしまったが。
ただ、"勘違い"は必要だと、切実に思う。
目に見えないものを信じたり疑いながら生きる上で、目に見えるもので存在を縛りあうこと。
愚かだという人もいる。
しかしそんな風に現実的ではなかったから、オプティマスからのこのプレゼントは、世界一ロマンチックだと、わりと本気で思っている。
彼はもちろん、縛るために指輪を作った訳ではなかった。然るべき意味があった。

トランスフォーマーである彼と過ごしているが、彼が関わっている任務に関わった事はない。
蚊帳の外なのだ。
彼は、二年前にこの指輪を目の前で作りあげた。
ロマンチックとはほど遠い場所、人気のない霊廟で。



───その日の夜空は晴れていて、星が輝いていた。職人が作っても、そんなに即席では作れないだろう。
正円の滑らかな指輪。
きり、と小さく軋む音がして、オプティマスは少しだけ自分を傷つけた。とにかくトランスフォームして擬態を解いてもいい場所に行く、とだけ告げられ、それ以外に理由を述べないオプティマスにただついて行ったが、そのオプティマスの行為に最初は吃驚した。
そうやって削りだしたほんの何ミリグラムの軽い粒子で、指輪は作られた。

「痛くないの?」

オプティマスの肩は安定感がある。ゆっくり座り込み、そう聞いた。

『痛覚回路は切らなくても、この程度なら大丈夫だ』

オプティマスの装甲と同じ色の指輪。

『手に乗れ』

肩を降り、オプティマスのかたい手に乗った。
指につかまる。
乗った方の手は、ゆっくりとオプティマスの胸の方へ向けられ、二つに分かれた胸部の間から、発光するまばゆい青白い光が見えた。
オプティマスの内部構造の仕組みはわからないものの、それがオプティマスが稼働しているすべての核であることは分かった。

「すごい…脈打って…、光ってる」

胸の内部を覗き込んで、そのあとオプティマスを見上げる。彼は一度だけ頷いた。

『私のスパークだ』

スフィア状の発光体は、見た目は固体のような液体のような、不思議でやわらかな質感を持っている。

『これが消えるときが、私の死ぬときだ』

電子音と、金属が組み替えられたり擦れる音がわずかにして、オプティマスは指輪に加工をした。
魔法のようだった。
ロボットが魔法を使うというのはあべこべだが、たとえるならそんな感じだ。スパークの一部は指輪の中心にほんの1ミリ融合した。

『…ユマ』

いきなり名前を呼ばれたので、発光する指輪から目線をオプティマスに移した。

『我々の戦争だ。命を犠牲にする事も躊躇している余裕はない。だがなんとしても私は、この友がいる星を守りたい。離れた場所で私のスパークが尽きてしまった時、君にそれが分かるようにこれを授けよう。君に持っていてほしい』

手のひらに乗った指輪は、青白くて美しい光をたたえ、温もりさえ感じる。まるで生きているかのようだ。
指輪が光をなくした時、スパークも光を失う。
指輪がただの鋼になったとき、オプティマスは死ぬのだ。
けれど彼と死は結びつかない。連想できない。
指輪が光を失う事は永遠にないような気がする。
あの時、その現実味のない未来があり得ないと思い、微笑んだのだ。

「ありがと、最初のプレゼントだね」

本当にそう、純粋にその時は思った。しかしなんて子供じみた浅はかな言葉なんだろうと、思い出すたびに後悔する。



彼が傷つき帰ってくるたびに、その後悔は大きくなっていった。
彼が次にディセプティコンを止めにいく場所、場所、場所。ニュースで流れるたびに指輪を見るのは、この二年で、すっかり癖になってしまっていた。
09/06/29