実写/オプティマス | ナノ
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Reason

はじまり

運命は
待ってくれない
時を選ばずに
突然やってくる




ダークブラウンの虹彩は瞬くたびに潤いを取り戻し、それを間近で見る度に、安らぎで満たされる。

「明日には戻る?ディエゴガルシアに」
『ああ』

頷けば、小さなため息と、わずかに落ちた視線。すっかり寂しさを隠さなくなったユマの頬に、ゆるやかに手を差し入れた。この姿だからできる。
オプティマスは今、この星の種族と同じ姿を模っている。

『この星の平和の為だ』

真顔でそんな言葉を放っても、"さまになる"存在なんて、この地球広しといえども、この地球出身でない彼しかいないと、ユマは思う。
大統領でも、各国の王でもない。
ユマのもとに帰ってくるたびに体には傷が増えていた。
それに気づいている。
しかし行かないでと言えなかった。言う権利などないのだ。

「オプティマス」

互いに思い合っていても願いとは裏腹に、変えられないものというのは世の中にはたくさんある。
傷だらけの体を引きずり、オートボット向けの医療設備が整ったNEST本部のあるディエゴガルシアに留まらず、短い間でも此処へ来てくれる。それだけで彼の気持ちは伝わる。
オプティマスと自分の間に必要なのは、信頼と理解だ。
想いは溢れている。

「私達を守ってくれてありがとう」

笑顔で伝えると、アクアブルーの瞳は穏やかになり、ゆっくりと抱き締められるあたたかな胸は、宇宙一包容力があると思った。額にあたる唇は、優しい。

『君は、私にとって最高の奇跡だ』

オプティマスは簡潔だ。必要ない言葉は殆ど言わない。言い換えれば、必要な言葉しか言わない。だからこそ、大きな背中に腕を回して、その言葉をかみしめる。

「くれぐれも気をつけて」

オプティマス率いるオートボットが、人間と共闘を始めてから、二年が過ぎようとしていた。

『次は上海だ。奴等の好きにはさせん』

ただかたく頷くことしかできない。無事を祈るだけだ。オプティマスをさらに強く抱き締めた。





結局、同じ地球にいるのに、任務のために2ヶ月半会えなかった夜、ましてやそれがあと二時間しかないとすれば、お互いの事を考えない睡眠時間がもったいない。そのあたりに関しては、同じ生命体であってもナノマシンの集合体である彼にしてみれば大した問題ではないが、有機生命体である彼女にとっては深刻だと、オプティマスは分かっていた。
オプティマスが移動するたびに、家中をペタペタと裸足で背中についてくるこの小さな、オプティマスにとって任務を除いてしまえば宇宙でおそらく一番大切な存在は、欲に勝てずにさっき押し倒してしまったせいで体力を確実に消耗しているのに、あと二時間を眠らずに過ごすつもりでいるらしかった。生まれたままの姿で、ベッドで夜通し見つめ合うのは悪くないが、確実に睡魔が襲ってきているようだ。

『少し眠ったらどうだ?』
「今寝たら見送れないからいい」
『それは問題ない。また戻ってくる』
「分かってるけど見送りたいから」

AM4:30。ベッドから見える時計を確認して、うむ、と唸る。
ユマの柔らかい指が、オプティマスの肩をなぞった。

『どうした』
「…これは"星"」

指が一定の場所で止まり、瞼をおろして視線を指先に向けたユマに、オプティマスは驚愕した。指先が示しているのは、オプティマスが首もとに刻んでいるサイバトロン語のタトゥーだ。それを指さすくらいでは驚かないが、今まさに、腕の中にいる彼女は知らないはずの言語を翻訳した。今ユマの指先が示している文字は、確かにこの地球で翻訳するところのおおよそ"星"にあたる。

『…君は、…』

ユマが、また別の場所を指す。するりとのびていく指先の軌跡の感覚を味わう余裕は、今はなかった。

「これが…"光"」

間違っていない。
肩に刻んでいるのは"光"という意味を持つ文字だ。

『我々の言語が分かるのか』

ユマと目があった。しかし彼女は首を振った。

「全部は分からない。いつの間にかなんとなく分かるようになった…」

そう言って嬉しそうに笑ったユマに、オプティマスも同じように笑顔を返したかったが、それは出来なかった。



『ユマ、今のやり取りは幸い誰にも傍受されていない』
「ん?」

オプティマスを見返した。

『私に干渉したことで君にその影響が出てしまったのか、或いはそれ以上の運命が動いているのかは分からない…今はな。だがその事は決して口外してはならない』

言葉の意味がわからなかった。

「ちょっと待って、それは私がこうなっちゃまずいってこと?言葉がわかったら悪いことがあるの?」

オプティマスは首を振った。

『そうなる可能性がないわけではない、ということだ。この言語は…我々の先祖が古代に使っていた言葉だ』

寝不足の頭をフル回転させる。今、いろいろな新しい情報が頭に入ってきている。

「オプティマスにご先祖様がいたということ自体が初耳なんだけど」
『君たちで云う、祖先、家族…のようなものだ。存在はしていた。遙か昔にな』

首をゆっくり振りながら、思わずそれ…すごい、とちいさく呟いた。

『かつて、遥か昔だ。今の対立の前に、我々の戦争ではなかった時代がある』

それも初耳だ。
オプティマスの事が知れるのは新鮮だった。サイバトロンの過去を聞くのは、歴史の授業より退屈しなさそうだと思った。

「オプティマスが生まれる前の話?」

ちいさく、浅く肯いたあと、オプティマスは続けた。

『だが私はすべてを失った。辛い過去の真実を知ることとなった』

すべてを飲み込めているのか、曖昧にしか理解出来ていないのか、今の自分には分からなかった。とにかくオプティマスの言葉を勘違いすることなく理解する事に神経を集中させた。なんとなく、そうしてあげたくなり、オプティマスを抱きしめる。

『ユマ』
「ん?」
『信じる存在のための戦いというのは、全てを失った時に始まるものだ』

とにかく、頷いた。
オプティマスが言ったその言葉の全てを、本当の意味で飲み込む事になるのは、今より少し後になる。



オプティマスがNEST本部に戻らなくてはならない時間は、刻一刻と迫っていた。
恋人達はくれぐれも別れを惜しんだ。離れがたいのはお互い同じだ。だからこそ励ましあえる。
終わりのない戦いに、たとえ僅かに疲れを感じていたとしても。

09/06/27