Confiance
初めての"助けて"
「…だめだ…瓦礫が…」
「…こちらエップス…誰か聞こえてるか、聞こえるか…」
「…マギーは出血してるわ!…運んで…」
「……民間人が負傷…至急応援を…」
「…ユマ!聞こえる!?…」
目が開けられない。どのくらいそうしていただろう。とても暗い場所だ。サムや、エップス、ミカエラの声がくぐもって聞こえる。全身が痛い。
「ユマ!返事して!」ミカエラの声。「瓦礫をどけて!瓦礫を!早く!」続いてサム。
『俺がやる!どいてろみんな』サイドスワイプ。
耳元で瓦礫を崩す音がする。声を…出さなきゃ。自分は死んでいると思われているかもしれない。でも意識はある。全身が痛むが、瓦礫の重たさは感じない。という事は、潰されてはいないという事だ。たぶん、大丈夫。
「う…、だ…い…じょ…ぶ…」
『!…声がした。息もある。大丈夫だな…待ってろ!今助ける』
オートボットだ…、助けてくれる。…あたらしく…きたって言ってた、…サイドスワイプ…、名前を…、覚えないと…、
途切れ途切れにしか意識がつながらない。朦朧としている。
「早く何とかしないと…!」
ミカエラの焦る声をよそに、サイドスワイプは落ち着いた声を出した。
『せめて…、ユマがいる位置を正確に特定できればいいんだがな。早く崩せる』
しばらくしてサムの声が聞こえた。
「わかった!電話!電話だ!ユマ!動ける?」
興奮した声だった。
「君の場所をサイドスワイプが知りたいって!電話だ!携帯、持ってる?」
携帯?
「ポケットにもし入ってるなら!」
携帯…、そうか、携帯…、どこだろ、左のポケットがゴロッとしてる…、
あ、あった…。
携帯は、電源が入っていない。これを、どうすればいいんだろう…、
「動けるならかけてみるんだ!その通信電波をサイドスワイプが拾ってくれる!やってみて!」
指に力が入らない。まず電源を入れなくては。ずっと電源を入れていなかった。ゆっくりとボタンを押すと、久しぶりに光が戻る。だいぶん意識がしっかりしてきた。落ち着いて、息を整える。だめだ、やっぱりくらくらする。目を閉じた。
「誰でもいいんだ!かけてみてユマ!」
誰でも…
───無断で悪かったが、君の通信機器に私に直接アクセスできるデータを送った───
「…オプティマス…」
思わず呟いてしまった。
───それは、私との別離を意味しているのか───
オプティマス…、勝手だと言われるだろうな。さんざんひどい事を言った。怒っただろうな、だけどあの時、せっかく会えたのに、正直怖かった。話しているうちに、ずっと低いレベルの場所に自分がいると自覚した。メモリーNO.は忘れたくても忘れられない。114、テキストメモだけの不思議な電話帳。
呼びだせば、"OPTIMUS"の表示が涙で霞む。
「…う…っ、」
泣いて声が洩れる。一度でも、彼に自分から電話をしたことがあっただろうか。いつもしてもらうばかり、いつもかかってくるのは、彼からばかり。『───今何処にいる?』『───ユマ』『───今夜帰る』『───僅かな時間でもいい、会えないだろうか』
ああ、いつもこうやって、彼は守ってくれていたんだ。そんな事、気に留めた事もなかった。
───何か理解し難いような問題や、私のような機体を持つ者から攻撃を受けたり、困ったことがあった時は連絡するといい───
今まで困ったことがなかったのは、大切にされていたから。
ゆっくり、通話ボタンを押した。
『───ユマ?』
一瞬よりも早くに、それは繋がった。彼の声を聞いた瞬間、涙がどんどん出た。ごめんなさい。今まで本当に。
「う…、オプ…!」
『───…何処だ!?』
必死な声のオプティマスが、心底愛しいと思う。
そうか、素直になればよかっただけだ。彼が受け入れてくれないわけがなかったのだ。
「オプ…」
『───繋がっている。私だ!』
「オプ…、オプティマス…!」
『───何処にいるんだ、ユマ!』
もっとあなたに近づきたいと、それから、ここは怖いから助けてと、素直に言えばよかったんだ。
「…怖い…、助けて…、オプティマス…───!」
『───今助けに行く!!私が来るまでそこを動くな!』
オプティマスの声を聞いただけでボロボロ涙が溢れて床が濡れた。それでも構わずにわんわん泣いた。せき止められない。携帯が手からぽとりと落ちて、その手を額にやった。かまわず泣いた。オプティマスに比べればずいぶん短い人生の途中で、今日が一番自分にとって格好悪い日だと思った。
格好がつけられるほどの余裕はない。
それくらい彼を好きになってしまったのだと自覚した。
瓦礫が崩れ光が見えたが、残念なことにそこにいたのはサイドスワイプやサムではなかった。最悪の気分になった。さっきの化け物。もうバナチェックという名前には、ほとんど違和感を感じていた。いきなり首を掴まれて息が詰まる。体をつかまれ、遠心力を感じた。またそこで意識が飛んだ。
サイドスワイプの通信は途切れ途切れで、民間人が四名負傷しているという内容だった。ことが起こってしまった。様子を見ている時間が長過ぎたかと後悔した。我々を知る民間人はまだ少ない。人類ひとりひとりの命の重さを比べる事はできないが、必然的に友人の無事を真っ先に祈った。願わくばそこに友人であるサムや、彼のパートナーであるミカエラ、そしてユマが巻き込まれていなければいい。…しかし、望みは潰えた。
アイアンハイドが最初に異変に気がつき、現場と一番近距離にいるサイドスワイプに直接助けに行くよう促したと報告を受けた。そして続けざまにサイドスワイプからの直接通信がきた。ディセプティコンの信号ではないと推測される、という内容。
出動せよ、サイドスワイプの援護を、とオートボットの面々に指示した。各々トランスフォームし始めたが、憲兵に出鼻をくじかれた。勝手な真似をするなと。レノックスも、我々を見て驚き、「どうしたんだ!」と叫んでいる。
『民間人が爆発の巻き添えに』
ジャズが答えた。
『サイドスワイプが先に行っている。レノックス、俺に乗れ!』
アイアンハイドがそう促した。
「待て、今は民間人と接触するべきじゃない。オートボットは待機してくれ、俺たちが行く。モーシャワー将軍に要請を───…」
レノックスは背後のモニターに一度振り向きそう言った。民間人との接触を避けさせた張本人が犯人だとは、まだ気がついていないようだ。
『そんな暇はない』
とラチェット。
「しかし今全員で行っては、何もかもを守らなかったことになる!民間人に勝手に近づき、その格好でさらに基地もボロボロにするつもりか?お前達は今後もっと地球に居辛くなる!それはダメだ!オートボットにとっては致命的だ」
レノックスは冷静そのものだ。
我々は時間にしては短いが、じっくりと吟味した。すると、バンブルビーがエンジンを吹かせ、『"俺が行くぜ"…"まかせておけ"』と言った。セリフの継ぎ接ぎでユーモアを交えてそういう若さのある彼に、我々は今まで何度も挫けそうな心を救われた。今回も、亀裂の走る我々の関係とこの場の雰囲気をあかるいものに、わずかだが変えてくれたような気がした。
確かにそれが一番良い考えに思えたので、それを尊重した。
『では、こちらからはバンブルビーとアイアンハイドを向かわせる。サイドスワイプと合流し、敵を確認後、人間の援護を。相手はプリテンダーで小柄だが、油断できん。君達の部隊も編成し向かわせた方がいいだろう…、間に合えばいいが』
レノックスが頷き準備を始めた。隊員の体を圧し、急げ、武器を集めろ!と叫んで…
なんだ、これは…
回路を通じて、ひとつの通信。これは…ユマからだ。彼女から連絡がきたのは、初めてかもしれない。名前を呼ぶと、彼女はひどく取り乱していた。深く傷ついている声。こんなに弱々しい彼女の声を知らなかった。すぐに発する電波を辿ったが、場所がまったく特定できなかった。この基地でこんなことになるは初めてだ。ということは、今彼女は敵のテリトリーにいるということで、巻き込まれてしまったに違いないと思った。
『何処だ!』
自身の焦りが電波で飛んでゆくのを感じた。だが彼女は人間だ。我々のこまかい思念まで受信することはできない。電話までは伝わっただろう。ユマの声は苦痛に満ちている。泣きながら、すべてを恐れながら助けてほしいと切願している。彼女は今まで敵の脅威を知らずに過ごしてきた善良な民の一人だ。我々は戦いとは無縁の時に出会った。ゆえに彼女は敵に追い回される事に慣れていない。その事を思うと心が痛んだ。彼女は巻き込みたくなかった。傷ついた声をひろうたびに余裕を欠いた。そうする必要はないのに、思わず発声してしまい、大声で助けに行くと言った。
通信を終わらせ、まわりの隊員たちを見回し、そしてオートボットを見た。皆大声を出した私に驚いていた。無論、レノックスも。
『少佐、オートボットの計画を変更する』
「?」
『───私が直接助けに向かう』