実写/オプティマス | ナノ
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Confiance

軍曹、休みなし!

エップスはギブスが取れないまま、訓練に再び参加した。腕の痛みは残るものの、戦える自信があった。だが正直ギブスをした機密部隊の兵士なんてきいたことがない。軍服の下であればまったくつけている事が分からないくらいコンパクトなものだ。しかしギブスはともかく、体に無理があった。ふだん使い慣れていたはずの機器や銃弾の心地は、傷つけた腕に直接響く。そして今まで臨機応変に動かしてきた筋肉と骨が、がっちがちに固定されているため、まったくといっていいほど力を入れることが出来なかった。その結果、…本来ロックオンのみの訓練中に、ディセプティコンを模したアイアンハイドを誤って撃ってしまったのである。
だがこれがアイアンハイドだったのは不幸中の幸いだった。オートボットの中では装甲がきわめて硬い方であるアイアンハイドは、腕に浅くめり込んだエップスのへなへな銃弾を、まるで小さな棘を取るように大きな指でつまみ取り、それを示しながら低い声で唸った。しかし痛みで唸ったわけではなかった。

『狙うところはどこだった?エップス。もう一度言う。目か、胸の中心だ』

こんなもの痛くも痒くもない、と付け加えて弾を太い金属の指先で弾き飛ばした。その先にマッドフラップの頭があり、そこへカン、と間抜けな音を立てて当たった。

『あ?いてえ!』

アイアンハイドはマッドフラップの方には見向きもせず、苛立ちとも諦めともとれる排気を短く洩らし、エップスに一言放った。

『今は休め。今のお前の腕じゃ話にならん』

…これが小一時間前の出来事。レノックスやオプティマスの薦めもあり、エップスは訓練施設から離れた場所にある静かで退屈な医療施設に身を寄せていた。確かに食欲はあるものの頭がぼんやりしている。普段のように体が動かないのはたしかだった。
医療施設は、同じ基地内でも訓練施設やオートボットの格納庫とはかなり距離がある。その間には食事ができる(酒が飲める)施設の他に居住区や仮眠ルーム、トレーニングルームなどがあるが、医療施設は要人対応の施設と連立していて、訪問者がいなければ本当に静かなところだ。
しかし、ロボット同士の戦いの中に入り込んで毎日忙しなく働くうちに、エップスはこういう静けさが苦手になっていた。いきなりこの静かな場所に追いやられたのもあり、逆にどうゆっくりしたらいいのか分からないほどだ。
仕方なく目を閉じる。iPodの曲に静かに集中しながら、退屈だなと繰り返す頭の中をクリアにしたいと何度か思った。
眠れないまましばらく聴いていると、どうもiPodの中身とは違う音が聞こえていることに気がついた。
思わずイヤフォンを外す。
正体は独特のエンジン音だった。平たくいえば、軽くて、滑らかで、けれど高性能さを思わせる重厚感。"誰か"はわかる。サイドスワイプだ。その音を聞きながら、基地内をたくさんの車が移動できるというこのレベルの巨大さは、おそらくこのディエゴガルシア基地を除いてごく僅かしかなく、誇っていい部分だよな、とエップスは思った。他の基地にはない光景はもう一つある。それは基地の通路を今コルベットが走っていること。軍用の車両ではない。それは擬態を解いたあと地面からわずか40度ほどしか傾斜をとらずに通路を曲がり、エップスの休む部屋へと滑り込んだ。勢いはあったが、それが嘘のようにエップスのベッドの前でピタリと静止する。

『エップス!大丈夫か』
「おお。屍だ、ほら」

負傷した腕をぷらりと宙に浮かし軽い冗談を言ってもサイドスワイプは笑わず、ふん、と鼻を鳴らすだけ。それでもエップスはまずまずだと思う。最初はこのおおらかなコミュニケーションをこのコルベットはまったく理解しなかった。

『…訓練中にアイアンハイドを撃ったんだってな』
「ああ、隙をついて冗談のつもりでな。ケツにぶち込んでやったが駄目だ、あいつにゃ効かねえ。エイリアンだ」
『…腕と聞いたが』
「あ、そこまで聞いてたのね」

愛刀を磨きながらまた鼻を鳴らしたサイドスワイプに、エップスはため息をついた。

「見舞いに来てもらえるほど暇だったか?俺達の部隊」

サイドスワイプはしばらく考え、壁に寄りかかった。

『一言、言いたかった。あの時俺とあのまま一緒にいればお前はそんな怪我をせずに済んだ』

前回の作戦のことか。そう。あのあと記憶がもどった。サイドスワイプとチームを組んでいたが、結局単独行動に走った。全速力で逃げた。珍しいことだ。

「最近まで記憶が飛んでたんだ。思い出したけどな。悪かった。あんときは逃げなきゃいけなかった」
『……なぜ』
「発煙筒。…投げ損ねた。わりといつもやるんだ。お前はタフだろ?けど俺は…逃げても吹っ飛んだ」
『……まったく人間ってのは…』
「わかってる。その報いを受けたんだよ、悪かった悪かった。もうこれでいいか、兄弟」

首を横に振って排気を洩らしたサイドスワイプに笑った。まだ地球にきたばかりなのに、もう仕草が人間に影響されはじめている。もとからそういう感情表現をする生き物なのかもしれないが。

『…兵士ではない人間が何人かいるな?何が起きてるんだ。俺たちにはプライムも、師匠でさえも詳しく話してくれない。人間と複雑なイザコザがあるのか?』
「俺たち?」
『俺やジョルト、双子には、という意味だ。俺たちは過去の一年を知らない』
「ああ。あんまり事を広げたくないんだろ?大した問題じゃないさ。ただ人間と同じ見た目したディセプティコンに仲間を殺されて、ナーバスになってるだけだ」
『……』
「たぶんな」
『……』
「…たぶん」

その時だった。
轟音が響いた。音の感じから、方向は要人対応の施設がある場所。その向こうには、オールスパークの欠片を保管している区画がある。

「なあ、あっちの方で…今訓練とかしてたっけ?」

サイドスワイプは機械のこめかみ(と呼ぶのが正しいのかわからない)に手を添え、何かを考えているような難しい顔をしている。

『…アイアンハイドから通信だ。俺が一番近い場所にいるってな』
「なんだ?まだあのクソッタレどもがここに潜ってたってのか?マジかよ!」
『いや、だが今俺はディセプティコンの信号とは別のものを感じたんだ、微かだが…』

エップスは起き上がった。やっぱこうじゃなくちゃな!くらいに思ってしまう自分の中に巣食う軍人魂が憎い。うれしいほどに憎い。俺は腕が痛いんだよ!ちきしょう!

「でも味方じゃねえのは確かだ。今は民間人がいるんだ!行くぞ!乗せてけ!」
『いい!お前は休め!命令だろ』
「大丈夫だ、なんの問題もねえ!」

サイドスワイプはもうコルベットに変形している。エップスはかまわずドアを開けて乗り込んだ。

「今度は離れねえからよ、相棒」

エップスは笑顔だった。



扉の向こうで轟音がして、その音の意味を考えている間、ずっと"それ"が扉を叩いている。というよりも、殴っている。反対側から圧力がかかり、ながめているうちにどんどん大きくゆがんでいく。サムは扉から目線を外さずに、となりで立ち尽くす新しい友人に静かに問いかけた。

「ねえユマ、君ディセプティコンを知ってる?」

あたりまえの事を聞かれた。ユマはゆっくり頷いたが、途端に自信がなくなった。知っていると言っても、オプティマスから聞いた話のなかで知っているだけだ。お噂はうかがっています程度。それを知っているというのか、どうなのか…
頷いたまま黙っていると、サムは続けた。

「奴らに出会った人間の末路は何通りかある。ひとつは弾き飛ばされて殺される人間。もうひとつは、撃ち殺される人間。…握り潰されて殺される人間、あとは…」
「…うん、もうだいじょうぶわかったから」

その会話の間、ミカエラは冷静にあたりを見回していた。それからさっきまでいちゃついていたソファのところへ走ったあと、恋人を呼んだ。

「サム、手伝って」

ソファを移動し扉を押さえる。
反対側にいたマギーは手立てをさがそうとPCを睨んでいたが、「うそ、やだ信じられない」と取り乱した。グレンとの通信はあれからすぐに切っておいた。ユマがマギーに向き直る。目があった。

「全部。通信、遮断されたわ」

扉を叩く音がひどい。とうとう外側から何かの力で、扉が開いてしまった。開いたというより、吹き飛んだ。ソファーは粉々になり、濃い火炎の匂いをはらんだ爆発由来の生暖かい風が肌にあたり、気がついたら体が飛んでいた。倒れこんだ時、床に手をつこうとしたが間に合わず、頭を打ちつけた。
くらっとした。煙でぼんやりしているが、この部屋にいた全員が同じように地面に倒れている姿が見て取れた。

「…う……」

サムが「大丈夫?ミカエラ…」と弱々しくつぶやいている声が遠いところから、まるで洞窟のなかで聞くように反響して、スローモーションで聞こえる。実際はかなり近い場所にいたが、爆発音でどうも耳がおかしくなったらしい。痛みはないが。倒れこんだまま、目だけでもっとあたりを見回してみる。マギーが額から血を流して…、どうやら気絶しているようだ。

「ま、マギー…」

マギーに手を伸ばそうとして、その手を取られた。スーツを着た男性の手に。誰だろう…この手は…、なにか重要な事を思い出さなければいけない気がしていた。さっきサムやマギーと、何を話していたっけ。S7の五十年がどうとか。グレンの声が甲高くて漏れ漏れだったとか、グレンとマギーは何をしてたっけ…、頭がぐらぐらしている。そう思っていたところで、とても重要な事を思い出して、はっとした。逃げなくてはいけないと咄嗟に思った。この手から。それなのに力がまったく入らない。

「さあ、行きましょう。最後の質疑ですユマ。…あなたは貴重な実験材料だ」

今度はいくらかはっきりと聞こえた。バナチェックだ。ほかの足音も聞こえる。たくさんいるのか。まさか、この人たちは全員がディセプ…

『止まれディセプティコン!』

声がした。男性の声だ。けれど誰かわからない。すこしだけ電子的な声で…微かに、トランスフォーマーの音がした。ターンテーブルでDJがやるスクラッチの音に似ている。それに電子音が混ざったような音だ。
今にも意識を失ってしまいそうな頭を動かせないまま、ぼんやりあたりを見回した。視線の先にいたのは、足先が車輪の銀色のトランスフォーマーだ。これは、味方?その答えはすぐに出た。そのトランスフォーマーは記憶に新しい黒人の兵士(名前は今は思い出せない)を脇に抱えている(思い出した!エップス軍曹だ)。エップスは興奮した様子で銃を構えている。そして予期しない事が起きた。突然体が空中に浮き、直立させられた。そして、後ろ手を組まされた。首に銃を突きつけられている。きっとバナチェックだ。しかし、バナチェックではなかった。正確にいうと、バナチェックの"格好"をしていなかった。明らかに人間とは質量が違う金属製の化け物に変わっていた。

「───、」

声にならない。かなりやばい。吐きそうだ。意識が一瞬飛んだ。自分は今、何に巻き込まれたのか。

『邪魔をするな、愚かなオートボット』

金属製の、水道管にくっついている補助管ような形の、蛇のような触手に肩が巻き込まれる。滑らかで冷たく、その冷たさのおかげか、一瞬で意識が冴えた。目の前の銀色のオートボットは鋭い青い目をしているが、手を出せないというもどかしさを見せていた。

「サイドスワイプ…こりゃ…」

エップスがこちらを向いてそうつぶやいた時、バナチェック(だった化け物)は、装備している強力な武器で、ところ構わず撃った。サイドスワイプと呼ばれたオートボットを撃ち、壁を撃ち、さらに後方の壁を撃った。撃ちながら、化け物は右へ、左へと大きく移動している。その遠心力に揺さぶられ、さらに吐きそうだ。
叫ぶのも忘れた。とても苦しい。

「ユマ!」

エップスが叫んだ時、サイドスワイプが撃った。まっすぐ向かってきた銃弾は耳をかすめ、化け物の頭を掠めた。その拍子で弾き飛ばされる。そこはレセプションルームの隣にあった部屋のようだ。もう隔てていた壁は申し訳程度にしかくっついていないが。
化け物は天井を撃った。バラバラと瓦礫が上から落ちてくる。あっという間に、レセプションルームとこの部屋の間に、壁ができた。最初の壁よりも荒っぽい壁。瓦礫で死ぬと思った。エップスの呼ぶ声が遠かった。そこが最後だった。意識が完全に途切れた。


2011/09/16