実写/オプティマス | ナノ
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Confiance

レノックス少佐

ディエゴガルシアは正午をまわった頃から雨が降り出した。せわしく軍の男たちが歩いた通路の床は水滴が大きな足の形をかたどり、濡れてじんわりと広がっている。重厚な壁は雨音を通さなかったが、通路ではわずかに雨のにおいがしていた。
午前中はひどかった。
二時間、彼らが破壊する市街地の映像というドキュメンタリーを見せながら説明するのだ。派手に戦う巨体達の銃撃戦と、紙を破るよりも簡単に崩れていくビル群と、逃げ遅れた人々を泥まみれになって叫びながら避難させている兵士。共闘する姿は意図的に映されていなかった。素人にもそれがわかるというのがいかにもB級だ。
「──我々からいわせれば、オートボットにしろディセプティコンにしろ、彼等はただの侵略者です」
説明する研究者に、何も言えなかった。どんな言葉も返せなかった。
「──彼等は自らの体内で武器を精製し、一瞬よりも早い時間で全世界のありとあらゆる情報を処理し取り込むことが可能です」
「──重要なことは、オートボットという彼らが100パーセント味方ではないということです。正味30パーセント、もしくはそれ以下…、我々の身近にいる『トランスフォーマー』という生命体は、"その気"になれば一日で…いや、半日で地球を征服できる危険な存在であることに間違いありません」

大きなため息と一緒に心の中の何かが出て行き、その何かが空気に溶けることはなかった。
彼は何もするなと言った。
厚くて黒い雲が覆う空が、この場所で感じる自分の無力さに拍車をかけているようで、見ているだけでいやだった。
そこまで思ったところで、背後に人の気配がして思考が止まった。

「…ああ、本当にもう、食べちゃいたいよ」

男性の声だった。通路を挟んだ後方のドアに、隙間がある。表情は見えないが、「食べちゃいたいよ」に、いてもたってもいられないというような愛しさを込めているのがよく伝わってきて、何も考えずにぼんやりと声のする方へ吸い寄せられてしまった。

「そっちに連絡、いったか」

ゆっくりとドアの際に立ち、耳をそばだてた。何か見てはいけないような光景がそこにあっては、こちらの方が気まずい。邪魔をしてはいけない空間のような気がしたのだ。

「──いいえ、ないわ。そっちは大丈夫?」

澄んだ女性の声がした。こんな所で何をしているんだろうと思ううちに、いろいろな事を想像してなぜかここから動けなくなった。聞き耳を立てているという恥ずかしさが時間差でやってきて、それなのにどうしようもない、動けない。

「なんとかな」
「──必要なら私もこの子も検査に参加するわ」
「…ああ、本当だったら今頃俺はそこにいて、二人のお姫様たちをこの手で抱いてる」
「──休暇なんて落ち着いたらいくらでも取れるわ。子供は愛していればいつの間にか育って、あなたの仕事を理解してくれるわ」
「出来るだけそんな育て方はしたくないもんだ」
「──この子は大丈夫。私たちの子よ。信じて」
「ありがとうサラ、いつも本当に」
「──気をつけてね」
「ああ、すぐ帰るからな」

電波にのせられた我が子の声、妻の声を聞き洩らさぬよう必死にウェブカメラに顔を寄せるその後ろ姿は、軍服を纏う優しい父親で、夫である。
素人から見る兵士は、"兵士"でしかない。その人が生まれた時から兵士だったかのような気がするのだ。サイドストーリーを想像しにくい。しかし彼にとってはサイドストーリーこそが仕事なのかもしれない。
彼は守るために必死に戦うんだろう。
じっくり我を忘れ考え込んでいた時間がどれくらいだったかはわからないが、気がついたら目の前にその軍人がいた。短く切ったヘーゼルの髪と力強い眼差しに、兵士にしておくには勿体ない容姿だなあと、個人的にはそう思った。

「…お前、何してる?」
「うおぁ!?」

突然声をあげたことに眉を顰めたその顔は、日に焼けて真っ赤だ。

「盗み聞きとはずいぶんなご趣味だな」
「あ…すみません」

顔をのぞき込まれたことに焦りながら、赤くなっているのは日に焼けているという理由だけではないということに気がついた。

「こんなところで何をしてたんだ?名前は…」

答えようと息を吸い込んだら、通路を走る太くて忙しい足音がしたのでそちらに振り向くと、今目の前にいるプライベートを覗き見してしまった軍人よりも大きな男が「少佐ー!」と言いながら走ってきた。

「しょ、少佐?」
「ああ、悪いか」

明らかに機嫌を損ねたので、「すみません」と付け加えた。

「ここで俺がサボってたことは、内緒だぞ」

小声でそう言われ、サボってたんかい、と頭の中でツッこんだ。少佐なのに。

「どうした」

何事もなかったかのように兵士の敬礼に言葉を返す少佐の顔をした彼は、先ほどのデレデレっぷりを微塵も見せなかった。プロだ。

「オプティマスに探してきてほしいと言われました」
「そうか。行こう」

今オプティマスと発した兵士を凝視した。思わず我を忘れた。

「か、彼大丈夫ですか?ひどいこと言われたりしてませんか!?」

言ってしまった後、表情が固まった二人の軍人を見上げやっと我に返り、はっとして口を手で隠した。少佐を呼びにきた兵士は訝しい顔をしたが、少佐の方は、なぜか優しい顔をした。

「彼は大丈夫だ、君のことを伝えておこうか」

息を飲んで吐き出したら、落ち着いた。オプティマスが当たり前の世界、このディエゴガルシアこそが彼の拠点。当たり前に仲間だと受け入れてくれる場所だ。自分よりもこの人たちの方が、彼をよく知っている。理解しているのだ。絶対的に自信があったところを、ぐいぐいと抉られる場所だ、ここは本当に。

「…いえ、結構です…」

そう言ったきり下を向くと、兵士は興味がなくなったように踵を返しもときた通路を走り出した。少佐も追いかけて去っていこうとしたが、なにを思ったのか戻ってきて、手を差し出してきた。

「…はい?」
「レノックスだ」

握り返した手は、普段から銃を握りしめて鍛え込んでいることがよくわかる固い感触がした。さっき愛しそうに話していた家族を抱き締める手なのだ。とてもあたたかい。
急に涙が出てきた。

「あ、あら?すいません…、ユマといいます」
「…ユマか」

恥ずかしくなり急いで拭った。不安で潰されそうなこのディエゴガルシアという場所で、初めてあたたかい人の手に触れた。それだけでこんなにこみ上げてくるとは思わなかった。軽くハグをして、ぽんぽんと背中を叩かれる。その時に、レノックスは小声で囁いた。

「会って話したらいい」

まばたきを忘れた。

「夜ならおそらく監視も手薄だ、外に抜けるルートをオプティマスに伝えておく」
「な…」

レノックスは素早く握手をほどき、兵士を追いかけていった。
なんて人だ、機転の利き方がやはり"少佐"というところなのか。

「──こちらでしたか」

去っていくレノックスたちを見送る傍らの通路を隔てて、バナチェックが立っている。レノックスに集中しすぎていたために足音も、気配も感じなかった。たまげて言葉も忘れていると、

「いくつか質問に答えていただきたい。別室を用意しています。同行を?」

と言葉をかけられた。
頷きながら、正直うんざりだと思った。
もう意識は夜にいっていた。

2010/06/05