Confiance
オートボットへの不信感
燦々と照る格納庫の入口に、派手なイエローが太陽に反抗する姿があった。彼を見ると、視覚センサーに光という情報がひっきりなしに入ってくる。
バンブルビーだ。
ディエゴガルシアで見るのは久しぶりだ。彼はともに過ごした時期、次に目指す星が見えるたびにはちきれんばかりの未熟と情熱を隠すことがなかった。斥候としての指令を下した後、目指す青き星へと真っ直ぐに向けられた視線が、迸る若さを物語っていた。勇気と自信を併せ持つこの精鋭は、地球に降りたってから一瞬のような短い一年の間に、さらに成長している。
『──ただ今帰還しました、オプティマス』
滑らかに格納庫へ車体を入れながら、バンブルビーは通信でその言葉を伝えてきた。同胞にこんな事を思うのは不思議だが、彼はディエゴガルシアが似合わない。
人間が作ったアスファルトの道を、この星で生まれた静物である車両と列をなし走り、人間の友人と自由な日々を過ごしてほしい。戦いに明け暮れる事のない生き方という選択肢を、明るい未来にしてほしい。新たな友と生きる選択をしたバンブルビーは、ゆっくりと隊員に誘導されながら、静かに格納庫に納まっていった。それを眺めていると、足元で声がした。
「オートボットの司令官」
向き直ると、小さな人間の男性が立っている。例の研究員の一人だろう。
「質疑の時間をいただきました。ご協力を?」
エップスがモニター用のステップに上がったまま、もの言いたげにこちらへ目線をくばせているのが見えた。
『問題はない。聞こう』
「感謝します」と流れるベルトコンベアのように無感情な外交辞令を述べながら、男は目線を合わせるためにステップを駆け上がる。その様子をほとんどのNEST隊員が、これからなにが始まるんだと言わんばかりに眺めていたが、尊重の意を込め穏やかな視線でそれを追いかけた。男は駆け上がった後ジャケットを正し、一度だけ大きく息をして「さて」と小さく呟き、こちらを見上げた。
「あらゆる方面からあなた方を調べさせていただきました。あなた方の戦争を知り、そして同盟を結び戦ってきたディセプティコンの残骸を使い、あなた方トランスフォーマーの研究も併せて行ってきた」
オートボットたちは与えられたスペースに佇んで沈黙している。今はこの地球のあらゆる静物の一部に"なりすまして"いる。
目の前の人間は穏やかに話をする男だ。単純にそんな感想を持った。
「あらゆる歴史の中で、あなた方の戦争ほど、…ひどいものを知りません。世界を破滅させている。…自分達の星を」
『…………』
男は手すりに手をかけたままその場をゆっくり二歩進み、奥に佇む今は静物と化したオートボットたちを一度眺めて、視線を戻した。
「故郷を失ってまで、あなた方が同じ種族と対立し戦い続ける理由を…、率直にお聞きしたいのです」
固唾を飲み沈黙するNEST部隊の小さな同胞たちはここでは各々の仕事をしながら、無関心なふりをして男の話に聞き耳を立てている。エップスだけは堂々と仁王立ちし、その様子を眺めていた。
男は、答えを待つようにまっすぐに視線をこちらに向けている。
『……我々の文明の全てを君達に公開したところで、納得を得られる答えがそこにあるとは考えられない』
「なぜ?」
『君達人間は危機や苦痛を肌で感じ、初めてそのことの重大さに気づく粗野な種族だと認識している。惑星の死活に関わるような争いを実際に経験していない君達が、我々の戦う目的を理解するのは困難だ』
男が眉を動かさず、笑う。
「確かにそうですね」
両手をステップの手すりに力強くかけ身を乗り出した男は、挑戦的な眼差しを向けた。
「私たちはあなた方と違います」
NEST隊員は仕事を忘れて二人のやりとりを見上げている。今までこんな風に話す人間を見たことがなかったからだ。
「だからこそ謎だ。あなた方の能力や機能を客観的に見て、理性的な解決が出来なかったのかと」
エップスが落ち着かなくなり、声を出した。
「あのなあ、おたく何が言いたいんだ?あんたらが調べてることは何なんだ。今回の事と、こいつらが戦争してる理由に何の関係があるっていうんだ」
すばやく向き直った男は、今度はそれに答えた。
「分かりませんか?母星である惑星サイバトロンが滅んでいるのに、しかも資源であるオールスパークはもうないんですよ。彼らが戦争する理由はないはずです」
ゆっくりとこちらを見上げる男は、笑っている。
「いくら元首だったとはいえ、もうあなたに権限はない」
しかし目は笑っていない。
「なぜ奴らは地球に追いかけてきてまで戦争を仕掛けてきたのでしょう?…答えは…、これはあくまで仮説ですが」
演説会と化した格納庫で、仕事をしている隊員はもういなかった。
「あなた方トランスフォーマーは世紀を渡って生きていける長命な種族だそうですね。我々人間が誕生する前からこの星を知り、あなたは次なる安住の地を求めオールスパークを地球へ放った。そうしておけば地球は長い年月をかけ、サイバトロンと同じような惑星へと進化を遂げる」
人間というのは、仮説を好む。自我が粗野なゆえに、信憑に重きを置く。
「あとは我々人間をゆっくり排除すればいい」
周りがざわめく。研究者の演説は、信頼しきっていた仲間の間に亀裂を走らせる。
「味方だと偽り我々を油断させ、オートボットは人間のそばでその生態を観察し、ディセプティコンは恐怖を与えることで人間を追いつめていく」
オートボットに頼りきっていた目線が一変し、眉を顰めて疑いのまなざしで異種族を眺め始める。
「この狂言が知らず知らずのうちに進行していき、結果──」
我々は、相容れないのか。
「──…人類は滅ぶ」
分かり合えることはないのか。
男を見下ろした。この仮説が大統領の考えなのか、この男自身の考えなのかは、目をのぞき込んでも分析できなかった。
『何を信じるかは君達自身で決めるべきだ。…私も君に尋ねたいことがある』
まだ余裕の笑顔で、男がこたえた。
「何でしょう?今まで研究してきた範囲でお答えしますよ」
オプティマスは頷いた。
『我が同盟が機能し始めてからの、オートボットの戦死者数は?』
「?もちろん把握していますよ。そのうちの何体かの一部分は研究対象として使っています」
目線を合わせようとしゃがみ込んでいた姿勢を正した。男を見下ろした。もう会話は終わりだ。
『では尋ねる。我々の同胞が命を落としてまで君達を守り抜き戦う理由を、仮説で構わん、聞かせてくれないか』
男は、呆気に取られたあと、苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。