実写/オプティマス | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Confiance

ディエゴガルシア基地

輸送機内は、当たり前だが余分な装飾がなく、打ちっぱなしのシンプルな造りだった。カーキ色の壁はたよりなく人工的で、温かみのない照明がぼんやりと必要最低限の明るさで光っている。軍用機になんてもちろん乗ったことはなかったので、それだけで今から行く場所に不安がつのった。輸送機と同じ色の服を着た鍛え抜いた体を持つ男たちが、確認できるだけで六人。自分がとんでもなく場違いなんだと自覚をするたびにハラハラした。もう一人の場違いな見た目をしているマギーは、場違いらしからぬ態度で、移動時間は片時もノート型のパソコンと頑丈そうなヘッドフォンを手から離さなかった。その合間にさらっと「珊瑚がきれいなのよね、ディエゴガルシアって」なんてお気楽に言っているこなれた彼女に、不安感を洩らせるはずもなく。
考えるだけ無駄、案ずるより産むが易しという言葉もあるんだから、堂々としていたらいいと、頭を無理矢理切り替えた。



晴れ渡る空の下、狂いなく見事に並べられたチヌーク、せわしく走り回る整備士たちや、それからスーツ姿の人間。輸送機から降りてから見えた風景である。ディエゴガルシア基地は、素人目にもわかるコンクリートの厚い外壁で、いま地球にいるオートボットすべてをここに格納している、ということに対しては、決定的に説得力のあるものに感じた。想像していたのよりもはるかに大きく、そして背の高い建物だった。これを作った人達は大変だっただろうなと、単純にそう思った。

「ユマ」

目の前の風景に圧倒されていると、先に降りて建物内に入っていたマギーが戻ってきた。その後ろから、サングラスをかけたスーツ姿の男性が二名。ここから見るとマギーのSPのよう見えるが、そうではなかった。

「彼らは今回の調査員」

マギーの不機嫌ともとれる説明の仕方に、「ハーイ!」なんて握手を求める雰囲気ではなかったので、小さく頷いて、どうも、と言うだけに留めた。

「今回はご協力、感謝します。調査対象の関係で、どうしても此処でなければならなかったものですから」

そりゃそうだろう。相手は国家機密で、おいそれとそこいらで調査ができるのではないのだ。そう心で頷き、笑顔を作った。見た目より馬鹿丁寧な話し方をする男だ。

「大丈夫です。問題ありません」

マギーと男が歩き出したので、それに合わせてついて行く。

「急な呼びつけに対応していただいたあげくにこういうことをお願いするのはぶしつけなですが」

男は丁寧な前置きをつけて、一呼吸おいた。

「被験者が、今回の調査中にオートボットと接触すること、これは一切認められません」

言葉の意味を考えるのはなかなか難しいが、これは言葉の通りにしなくてはならないのだろう。

「…わかりました」
「早いご理解、感謝します」

こんなに近くにいるのに話も出来ないとは。単純に、オプティマスと話す時間が取れるものだと思っていたからよけいに、だが悟られないよう心の中だけで落胆しつつ通路を歩く道すがら、何人かの軍人とすれ違った。見慣れない雰囲気にやはりまだ慣れず圧倒される。

「今回の調査の目的は、オートボットと共存する将来のためのものといえます」

聞こえがいいその言葉を、最奥部の角、通路から見えない頑丈そうなエレベーターのボタンを押しながら、男はにこやかに発した。マギーは重たく開いたエレベーターのドアを無表情で眺め、黙ってそれに乗り込んだ。と同時に、男がマギーの肩に手を乗せた。

「ああ、ここまでで結構ですよミス・マドセン」

マギーの眉間にしわが寄る。一気に場の空気が悪化した。やはりあまりこの二人は仲がよくないようだ。同じ政府の人達なのに。しかし不満げなマギーはその表情から一変して、笑顔を見せた。

「じゃあ失礼するわね、会えて良かったわ、ユマ」
「あ、ありがとう…マギー」

差し出された手を握り返し、笑顔を返した。だが握った手に違和感がある。

「!?」

握手をしたまま固まってしまったこちらを無視して、マギーは構わず喋った。

「まあ、またすぐ会うんだろうけど」

マギーの長いまつげが揺れ、素早い意味ありげなまばたきと、小さく頷く仕草に戸惑う。
その表情はかたく、眼差しはまっすぐだ。彼女はとても真剣に、この男から"なにかを守ろうとしている"ように思えた。それに"応えなければならない"気がして、反射的に背後の男に気づかれないように、握り返した拍子に手の中に収まった小さな物体を袖口に素早く滑り込ませた。形としては、ライターくらいの小さなものだ。確認は出来なかった。
エレベーターが閉まりはじめる。満足げな表情のマギーが、ドアの向こうに消えていった。
マギーの顔が見えなくなった瞬間、とてもイヤな予感がした。袖の中にしのばせたものが一体何なのかわからないまま、ただ何か悪いことを自分がしなければならないんじゃないかという不安を必死で隠して平静を装った。

「女性というのは…」
「へッ!?」

静かにそう呟いた背後の男に、びくりと肩を浮かせ振り向いた。バレたのではないか。

「……な、なんですか?」
「理解力が比較的男性よりも早い生物だといわれています」
「……は、はあ」
「あなたとミス・マドセンもその類だ」

変な汗が出てきた。
気づいたのなら気づいたとはっきり言われて捕まった方がマシかも、というかマギーは何を託したんだろう。それも知らないまま自分は捕まってしまうのか。

「初見でも仲が良くなれるんですね。その無防備さがうらやましいです」
「そ、そうかな?はは、ありがとうございます」

にこやかな男はどうやら気づいていないようだった。

「エレベーターは苦手ですか?顔色が悪い」

顔をのぞき込まれ、余計慌てた。

「だ、だ大丈夫です!」

顔が近づいたまま、また男は爽やかに笑った。

「ああ、自己紹介がまだでした、私はブライアン・バナチェック。元は異なる組織に所属していましたが、大統領の命によりチームを組み、トランスフォーマーを研究しています」

男がよろしくお願いします、と言い切ったところで、エレベーターのドアが開いた。目的の階に着いたらしい。

「おっと、着きましたか」
「………」
「では降りて。通路をまっすぐ進むと被験者用の簡易更衣室があります」
「こ、更衣室?」
「まずは放射線による干渉が健康面に影響を及ぼしていないかを調べます。オートボットとの接触が影響して身体に異常がないかを検査します。軍の人間は皆受けている検診です。こちらは専門の医療部門の調査員が」
「………」

さすがに表情を読まれた。不安を隠せなかった。男は何かに気づいたように頷いた。

「ああ、勿論調査員は女性ですよ」
「………」
「それから私服に着替えていただき、…まあ、あなたにとっては今更かもしれませんが、別室にてトランスフォーマーについて説明します」

とにかく頷く。

「そしてその後はこちらからのいくつかの質問事項に答えて頂き、調査は終了となります」
「……わかりました」
「質問は?」

笑顔を作り、ないです、と答えた。さらに顔を歪めてみる。

「それより、エレベーターで少し気分が悪くなっちゃったんでお手洗いに行ってきてもかまいませんか?」

男はああ、と頷き、「気が利かず申し訳ない」と言って、こちらです、と歩みを進めた。

トイレに着くと、素早くドアを閉めた。こうまでして、どうしても確認したいものがあった。
マギーに託された、あの物体だ。
そうっと袖口から出してみる。
確認すると、それはインタビューなどで使用する小さなボイスレコーダーだった。

「…………!」

ま、マギー姐さん、

「(これをどうしろと──!?)」

トイレの壁に失意のまま寄りかかったが、この狭い空間で手を差し伸べてくれるものはもちろん、何もなかった。

2010/03/22