Confiance
どちらも同じ星で起こる
結局どんな風にしてこの草原にとばされたのか、エップスは分からなかった。NEST部隊がオートボットと動くのは、マニュアルとしては主に夜間を目標にしているが、標的が夜行性なわけではないので、そんなの正直「くそくらえ」な任務を白昼堂々、市街地から五キロほど外れた場所でこなしていた。…はずだった。日差しはすっかり山吹色に変わり、昼間とは違うさみしげな温くて冷たい風が頬を通りすぎていった。手元にある装着型の放射線探知機は使い物にならないほどに大破し、もう今は本来の目的を果たしていない。何時間ここで倒れていたのだろう。
《──エップス!!どこにいる?》
目覚める間、頭の中でサイドスワイプに呼ばれたような気がしたあと、すぐに通信機でレノックスの声が聞こえた。夢か現実かわからない感じの、だがそんなこと思っている暇がない戦場にいるという現実が同時に押し寄せてきた。いっぺんに考えるのは苦手なんだ。頭が混乱する。
「──エップス!!」
アイアンハイドから降りたレノックスが見えた。後ろでアイアンハイドが擬態を解く姿も見えた。
「大丈夫か」
「あ…ああ、一瞬迎えが見えたぜ、天使の」
「馬鹿言え、お前は殺したって死なない」
安心したようなレノックスの顔に笑った時、腕に何か鋭利なものが突き刺さっているような激痛が走った。エップスは痛みに顔を歪めた。
「じきに衛生兵がくる」
「どう…なったんだ?」
衛生兵たちをアイアンハイドが見つけた様子で、『こっちだ』とぶっきらぼうに叫んでいる。
「ああ。ラッキーだったな。お前が寝てるうちに片付いた」
痛みに耐えて起きあがったエップスの肩をレノックスが抱える。
「全く、ついてねえな」
起き上がった先では、もうすでに撤収を始めているほかの兵たちの動きがわずかに見て取れた。
タンカーに乗せられたエップスに、レノックスがさほど気にする様子もなく続けた。
「いきなりの帰還命令だ。命令とほぼ同じ時間にとどめをさせたからよかった」
綺麗に連なる巨大な輸送機に、吸い込まれるようにオートボットが入っていく様子を横目で見ながら、レノックスは小声で呟いた。
「──基地で事故があったらしい。通信員の一人が──、基地で死んだ」
エップスは眉を寄せた。
「……マジで?なんで」
「……わからない」
はー…、と天を仰ぐ重傷のエップスはため息をついた。
「……いい加減ウチに帰りたいぜ」
レノックス「そうだな」と頷き、輸送機に目線を配せていた。
妻と愛娘に会えるまでの期間が延びたと考えるだけで鬱になりそうだ、と思った。
休憩時間。
携帯電話についているサイドのボタンを使い慣れた指で軽く押した。光を取り戻した画面には、14時21分の表示。コーヒーの最後の一口を流し込む。今朝は昨日と打って変わって着信はない。昨日の休日は、オプティマスが任務のためにディエゴガルシアへ戻ってしまったために結局ひとりで過ごした。いつもと同じ調子の休日。ただいつもと違っていたのは、着信が4件残っていたこと。すべて非通知設定、21時からきっかり一時間おきに。3件目に留守電も入っていた。
「──…日、午後11時1分──ピ──ッ、…何度も申し訳ない。こちらは"マッシブダイナミクス社"です。──至急お知らせすることがありお電話しています」
すました余所行きの男性の声だった。
「──"定期的にお客様にお預けしておりますお車"の件で、二、三問題が発生しました。つきましては"会員の方々"には一度"本社"の方へ足を運んでいただくこととなり──、その、お知らせです」
車は持っていない。しかもマッシブダイナミクス社、というとんちんかんな名前の会社は……、車屋ではない。しかし無視は絶対できない留守電であることには間違いなかった。国家機密とのお付き合いは、電話一本でも手を抜いてはならない。敵であるディセプティコンに知られてはいけない。
地球には彼等の指導者の体が眠っているのだ。
「──ああ、送迎に関してはお任せ下さい。こちらで手配し、責任をもってお迎えにあがります。なにかご質問ございましたら迎えの者にお尋ねください。回答できる範囲でお答えいたしますので…──それでは」
なるほどこの内容だと、かけてきたのがオートボットと関わる政府関係者で、マッシブダイナミクス社がアメリカ政府だとは思わないだろう。
最初の方の言葉がどうしても気に入らなかった。オプティマスを時々預かっている、のではない。
彼が自分との時間を持つ為に自ら会いに来てくれているのだ。そこを履き違えてほしくない。
─……とはいえ、そんな事は向こうにとってはどうでもいいんだろうなと思うと余計苛々するからこれ以上何も頭にいれなかった。
そこまで考えたところで、休憩を終わらせ立ち上がろうと勢いをつけたら、背後で聞き慣れた同僚の声がした。
「ユマー、お客様」
立ち上がり振り返る。
「誰?」
「すごくキレイな人」
同僚と肩を並べて通路を歩き、「誰だろ」と呟きながら綺麗な顔をした友達を一人一人思い出していたら、隣で同僚が「ほら、あの人」と言って軽く指差した。同僚は速やかに自分の仕事へ戻っていった。それを見送り、指された方を向いてみた。
タイトスカートから伸びた足が驚異的に長い。均整の取れたモデルのような体に沿ったテーラードジャケットの袖が折られ、裏地の光沢が快活なその人の立ち姿を女らしく見せている。ハイライトのかかったブロンドはラフに束ねられている。面識のない人間だ。
「あの…、こんにちは」
手を出しとりあえず挨拶をすると、ブロンドの女性はにこやかに応えた。
「どうも。マッシブダイナミクス社のマドセンです」
正直驚いた。政府の中年男か、SPみたいなガタイのいい軍人が迎えに来ると思っていたから、余計に吃驚したのだ。こんな綺麗な人が来るとは。顔を固まらせていると、マドセン、と名乗った女性は首を傾げた。
「…あら、人違いかしら。当社をご存知ない?」
「あ、いえ!知ってます、大丈夫です」
大げさにうろたえたこちらを見て、マドセンと名乗った女性は小さく二、三頷いた。それから踵を返し「ついてきて」と呟き、歩き出した。たどたどしくそれについて行く。
「急いでるの。いきなり押し掛けて、しかも歩きながらでごめんなさい…関係者の緊急召集がかかったのよ」
「…はあ」
飲み込めないまま、その場しのぎで気弱に相槌を打ってしまう。
「留守電は聞いたでしょう?」
「あ、はい。それは…」
「そういうことだから」
「…………」
結局、彼女が停めていた車の前まできて、さらに首を傾げた。シルバーのソルスティスだった。心の中で、ジャズ?と呟いた。
「行くわよ」
「え?行くってどこへ」
「空軍の輸送機が待機しているはずよ。そこまでこれでいくの」
思わず職場を振り返る。
「あの、でもマドセンさん」
「マギーでいいわよ」
間髪入れずに遮られて、また視線は彼女に戻る。
「大丈夫、ここであなたがサボったって、あなたがクビになることはないわ。そんな小さな組織の呼出ではないから安心して」
その言葉を受けて、あらためてソルスティスを眺めた。
「…どこに行くんですか?」
マギーは運転席へ続くドアに手をかけ、振り向いた。
「──ディエゴガルシア島。彼らの基地よ」