実写/ジャズ | ナノ
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I Love You.

雨、のち魔法

銀色の髪。バイザーも人間サイズ。それから、皮膚、骨格。アイセンサーからの見え方は、同じ。

『ご感想は?』

ラチェットの、仕事をやり終えた後の得意げな声に、リペアルームのジャズは不機嫌な顔をした。しぶとく断り続けていたこの変形は、慣れるまでは時間がかかるに違いない。

『まあ、"もと"がいいから、こんなもんだろ』
『…呆れるがお前らしいな、その回答は』

ラチェットがそう言ってため息をついたとき、リペアルームにバンブルビーが入ってきた。

『…ジャズ?』
『おう』

腰を屈めて、頭のてっぺんから爪先まで、その大きなカメラアイでまじまじと見つめてくる年若いオートボットの視線を返すことなく、クルリと回転し、緩衝材に横たわった時、身の沈む感覚がいつもと違うので驚いた。思わずウォアッ、と情けない声がでた。
ずっぽりと緩衝材に埋もれたので、脇にいたバンブルビーがけらけらと笑っている。笑うな、と指を差したが効かなかった。

『しかし、えらく渋っていたのになぜ許諾する気になったんだ?私はもうしばらく説得が必要だと覚悟していたのに』
『……』

前回ユマと会った時に、体にくっついたままなのを忘れて持ち帰ってきてしまった、この小型の陳腐な機械も、この姿だとかなり扱いやすい。
指先でそれを弄っていたら、近づいてきたバンブルビーに『iPod、』と呟かれ、ああ、と頷いた。

『心境の変化か?』
『……ライブに』
『……』

入っている曲すべてを取り込んでみる。彼女の好みの歌。

『………』
『ジャズ?』

歌は、言語の組み合わせと、音の組み合わせで、──愛を綴る。

『…ライブに行きたくてな』
『え?』
『?』
『…リンキン・パーク』

ほう、と呟いたラチェットの好機な視線は、彼の方を見なくてもわかる。iPodを触りながら、視線の不快感をラチェットに指摘しようと思ったが、それより先に詮索してこられた。

『なるほど』
『…何だよ』
『よほど"いいもの"なのだな、それは』
『あ?』
『再三にわたる私やオプティマスの説得にも応じなかったお前さんの心境を変えるほどの』
『……何が言いたい』
『いや?別に?』
『…………』

ぜんっぜん話が見えないんだけど、というバンブルビーのくるくるとした純粋な視線がまとわりついてくるのを、乱暴にはねのけた。





これはデート?…なのでしょうか神様。

「………」

鏡に写る自分を見て、そんな変な問いかけをした。
髪、巻きすぎたかな。
でも巻きすぎても巻きすぎなくても、そういうのどうでもよさそうな気がする。
相手はクルマだ。

『この日、空けとけ』と、ホログラムのカレンダーで指さされた日は、仕事のない日曜日だった。それからその日が来るまで、ジャズは会いにこなかった。
ジャズと最後に会った日に、iPodをなくした。だから音楽がなかったこの5日間、物足りなかった。
だから物足りなかった?
違うかもしれない。
ジャズと…ジャズと会えなかったから、

「いや、ちょっとまて私、」

思わずひとりごちた部屋の中で赤面する。
そりゃ酷い失恋をして、慰めてくれたのは間違いなく"彼"だけれども、流れとしては間違ってない気がする。別にフリーなんだから(ジャズがフリーかはわからない)、ほだされても、ありだと思う。
ただ、

彼は人間じゃない。
どう考えても、

「…………」

"何も"出来ない。
これは大きな問題だ。
冷静に考えた結果、大きな問題だと、本当に思う。そばにいられればいい、とか、想い合っていられればいい、とか、そういうのはもう年齢的にも精神的にも通り越してしまって、かといってもうひと越えいけば、そんなのは必要ないと悟りも開けるかもしれないけれど生憎、そこまで生きていない。
彼が人間だったら多分、もう間違いなく突っ走っていただろう。
そのくらい魅力のあるひとだということは、話して、一緒にいてよくわかるし、今までいたどの人よりも"気が合う"。

「駄目だ、考えれば考えるだけ迷宮入りする」

だいたい、彼自身が人間の自分に恋愛感情を抱くなんて有り得ないのに、こんな独り言をこぼすくらい自分の中で割合を占めているというのが、...
しっかりしろ!
そう言い聞かせて両頬をぺちぺち叩いていた時(それも恥ずかしい)、外で聞き覚えのあるクラクションの音が、二回、した。





『1分36秒遅刻だ』

乗り込んで開口一番、いつもの調子と変わらずに、ジャズはそう言った。少し低い声。けれど上機嫌。

「ごめん!」

アスファルトを滑るようになめらかに走り出したソルスティスは少し笑った。
車内ではしっかりと音楽が流れている。

「あ、今日どこに行くの?」
『ああ、行けばわかる』
「?」

あ、とジャズが気づいたように声を洩らす。

「なに?」

どこからともなく飛んできて、頭にぶつかったものは、見覚えがあった。

「あ、iPod。やっぱりジャズが持ってたんだね。ありがとう」
『"俺スペシャル"に変えておいた。あとで聴け』
「俺スペシャルってなに」
『俺スペシャルだ』
「………」





ついた場所。
ユマは辺りを見回した。今いる広大な駐車場の向こうに隣接したドーム型の建物。たくさんの人々が並んでいる。

「…ジャズ」

胸が跳ね上がる。
いつの間にか膝の上にあった2枚のチケットに、視線がいった。

「これ…、」

"LINKIN PARK"の文字。

『行きたがってただろ。何とか間に合った。もう売り切れてたから少々"悪い"手は使ったが、まあ神様は許してくれるだろう』
「…………」

チケットは、2枚。

「ジャズと、私でいくんだよね?」

行きたい、

『当たり前だ。そのために取った。それとも相手が俺だと不足か?』

ジャズ、

「でも、」
『あ?』
「ジャズは、」

ソルスティスは、ライブ会場には、

『大丈夫さ。何とかなる。考えがある』
「い、いい!私行かない」
『………は?』
「大丈夫、私別に生で聴けなくても大丈夫だから、」
『何言ってる、お前こないだ』
「うん、無責任に行きたいとか言ったけどいいの、本当はどっちでも!」

人間じゃないこと、
彼は、
一緒に行きたいけど、

『何を気にしてる?大丈夫だ。言ったろ?俺は魔法使いだ』
「大丈夫!とにかく行かない、」
『お前なあ』
「お願い、一緒に行けないなら意味がないから、」
『だから大丈夫だって』
「大丈夫じゃないよ、無理だよ」

嫌なの、
あなたと違う生き物だということを実感するのが、

『………分かった』
「……………」
『帰るか』

静かに走り出したソルスティスの中で、多分嫌われた、と思った。


「………ごめん…」
『……海、行くか』
「え?」
『帰るのは勿体ねえ気がする』
「え…」
『髪、巻いてるんだな』
「……」
『…似合ってる』

どうしよう
神様、この存在は、何者?
どんどん好きになっていく
でもどうしたらいいのかわからない