実写/ジャズ | ナノ
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I Love You.

マグネット





潮風は、こないだ来たときよりもひんやりとしていた。

「秋めいてきたね」

はあ、と息を吐き、砂浜に座ったユマを、ジャズはバイザー越しに眺めた。いつもなら膝に乗り上げて無邪気に寝転がるのに、今日のユマは距離を置いた。

『…………』

ユマの見上げてくる視線は、こないだまでの無邪気なものではなく、どこか切なげだった。結局、ヒューマンモードになるタイミングを失ってしまい、いつも通りの結果になってしまった。

「ごめんね」
『?』

俯いたユマは、

「なんか、ごめん…、せっかく誘ってくれたのに」

今にも泣きそうだ。

『いや、確かにこの図体ではお前達向けのイベントには無理だな。…俺がどうかしていた』

目を開いて涙目になって、再び彼女が見上げてくる。それに思わず微笑んだ。

『気にするな』

元気のなくなった彼女の、柔らかい髪が潮風に揺れた。今まで見た笑顔で、一番寂しそうな笑顔だった。

『………』
「……ジャズ」

ん?と言って彼女を見ると、潤んだ瞳は、バイザーをのぞき込んでいた。

「私、」
『?』
「これをジャズに言ってどうなるんだって事なのかもしれないんだけど、」
『なんだ?』
「…私にとっては大きな事だから、言おうと思う」

心拍数の上がり具合が尋常じゃないのが伝わる。ユマは何を言おうとしているんだ?

「私、ジャズの事が…」

プルルル、
と電子音が響く。

『あ?お前電話の呼び出し音、音楽にしてないのか?』
「……音楽だと聞こえにくいから」

タイミング悪く鳴った携帯をバッグから取り出す。ため息をつきながら。

『大事な話をする時はマナーモードか電源を切れ』
「あはは、次回からそうする、……」

笑いながら携帯を開いたユマの表情が、止まる。

『?…ユマ?』

困ったように赤くなり、目が泳いで、ユマは携帯を握りしめていた。

『………』

最初に会った日も、彼女はこんな風な顔をしていた。雨に濡れないように携帯を庇って、連絡を待っていた。
──前の恋人の、

『出ないのか?待ってたんだろ?』

彼女がモタモタしているうちに、呼び出し音は、止まった。

「あ…」

砂浜に足を投げ出していたジャズが立ち上がる。

「ジャズ、あの」
『掛け直せ、そして会いに行け』

ユマは携帯を握りしめたまま、じっとしていた。ジャズはそれを見下ろして、それから、片膝をついて視線を彼女と合わせた。

『お前が心配だった。だがもう大丈夫だな』

ユマは言葉を考えるように動揺して視線を泳がせた。

『最後の魔法をかけてやる。お前が今から会いにいく其奴に、とびっきりに美人に見えるように』
「え?」
『"ビビディ・バビディ・ブー"だ。わかるか?』
「…シンデレラ…」
『Correct』

呆気にとられたように、ユマはジャズを見ている。

『口、開いてるぞバカ。目を閉じろ』
「え?」
『いいから。魔法は企業秘密だ』
「……」

ほら、とさらに促すと、ユマはためらいながら瞳を閉じた。

ゆっくりバイザーを取って、彼女を見つめた。

『………』

彼女に手をかざしてみる。彼女には大きすぎる手。抱きしめたら潰してしまう。俺の吸着式のクローは金属はくっつくが、
お前はどうやっても、くっつかない。
その顔に触れたくても..,
同じ種族の方が絶対いい。泣き枯れるくらい好きだった奴、良かったんだ、これで。

「…ジャズ?」

瞳を閉じたまま、ユマは柔らかくジャズを呼んだ。

『…少し待ってろ、魔法は時間がかかる』

見納めだ、出来るだけメモリーにこの表情を取り込まなければ。

「あ、わかった、困ってるんでしょ、本当は魔法なんて使えないのに、」

こんなに近くで見ることは もうない。

『………』
「?…ジャズ?」

ジャズ、と呼んでくれる唇の動きが好きだ。声も好きだ。傾げた首の角度も好きだ。
なんかもう全部好きで、だが
俺たちは ちがう。

『…"魔法の時間"、終わりだ』
「え?」

まさかこんな気持ちを、
見た目も構造も全然違うこんなやつに
抱くなんて、

『しあわせに なれよ』


:
:



目を開けたら、ジャズは居なかった。

「ジャズ!?」

砂浜はすっかり冷たくなっていた。
なにがなんだかわからない。
幻だったのかな、ジャズが?

「ジャズ…」

へたり込んだ足元に、ジャズから返してもらったiPodがある。それを拾い上げて、砂をはらい、立ち上がる。

「帰ろ…」

とても、電話を掛け直す気分にはなれなかった。ジャズに好きだと言おうとしたけど、言わなくて良かったと思った。
変な幻だった。海辺を歩きながら、ゆっくり過ぎていく車たちを眺めた。
タクシーを止める気にもなれず、なぜかとても泣きたくなった。
久しぶりにiPodをさわる。イヤフォンをつけて、コレクションを開けたとき、文字通り、『JAZZ special』が表示された。
思わず立ち止まる。

「……!」

セレクトして裏返し、曲名を確かめる。

【アホが見る】
「………最低」
【…なんてな】
「どっちよ!」

思わず歩道で立ち止まって、笑いながら叫んだ。曲目リストなのに、それを手紙代わりにするなんて。イヤフォンからは二人で聴いたお気に入りの歌が、曲目リストとは関係なく流れてきている。

【いや、今のは本当に冗談さベイビー】
「いや、ベイビーは言わんでしょ普通」

照れくさくなりつつも、曲目リストを読み進めながら歩いた。

【君と友達になれてよかった】
【知らないことを沢山知った】

「………」

【だから君に感謝してるんだ】
【冷たい雨の日】
【僕の目の前にいきなり現れた】
【最高の友達】

「………」

【だけど…】

「え?」

【それだけでは嫌なんだ】

「………」


【たとえばさ、たとえばだけど】
【君と生きていける場所】
【この宇宙のどこかにあるならば】
【僕は迷わず君の手を取って】
【そこへ行く】
【僕らはきっと友達】
【今までも これからも】
【僕らは違う生き物】
【だけど…君の一番になることを】
【諦める事が出来ない】

「な……」

目頭が熱くなる。霞んで見えなくなる視界を拭いながら、それを見続けた。

【僕は固くて 君は柔らかい】
【僕は冷たくて 君はあたたかい】
【だけど】
【君の一番になることを諦める事が出来ない】
【ステレオからたくさん】
【君の好きな歌を流せるよ】
【乗り心地は最高】

泣きながら笑った。

【君が寂しい時】
【普通の男よりも早く走って】
【君のもとへ駆けつけるし】
【雨の日に君を濡らす事なく】
【家に帰すよ】
【100人に言われる"I LOVE YOU"より】
【君からの"ありがとう"が嬉しい】
【君がYESと言ってくれるなら】
【僕は僕を捨てられる】
【こんな僕を受け入れてくれるかい】
【一緒に生きてくれるかい】

それで、全部だった。
しゃくりあげるほど泣きながら、携帯をいじっても、ジャズには繋がらなかった。そこで気づいたのだ。自分から電話をしたことがないということ。
絶望に立ち尽くしていたら、iPodに水滴が落ちてきた。
雨だった。