I Love You.
たとえば僕が
ジャズはまるでスポンジのように、楽しんでこの星の文化を吸収する。面白いと思ったものは全部勧めた。
『なあユマ、ブルース・ウィリスといえば?』
「コーベン・ダラ『ジョン・マクレーン』」
「いやいや、コーベン・ダラスだよ、フィフス・エレメント見てないの?」
『違うな。マクレーンがいるからこそ、観客はブルースが演じるコーベン・ダラスに安心感が生まれる。わかるか?』
「違うよ、マクレーンで下積んだ集大成がコーベンなの!!」
『お前バカか、なぜあんなにダイ・ハードがシリーズ化しているかわからんのか?興業収入でわかる。歴然の差だ』
「マクレーンは嫌々ながら世界救ってるもん!」
『コーベンだってそうじゃねえか』
「とにかくコーベン!オレンジのタンクトップが世界一似合う」
『俺はマクレーンだ。あんなスーパーグリーンは他にいない』
「スーパーグリーンはコーベンだよ!」
私たちは、
質量も、皮膚形成も、生まれた星も、年齢も、全然違う。けれど、
『あそっか、スーパーグリーンはコーベンだったな』
私たちは、
「うん、…でもマクレーンもスーパーグリーンだよ」
これ以上ないほどに、
『悪かったな、まあ何が言いたかったかというと、』
「『ブルースは最高だってこと』」
超、友達になってしまった。
人生ってわからない。
今ふたりは、夕日を眺めた海辺にきていた。ここは相当の穴場らしく、道沿いの砂浜からは少し離れた場所だったので、ジャズが擬態を解いても何の問題もない。砂浜に投げ出している彼の大きな足の上に、ユマは座った。
『フーバスタンクはこれがいいな、"The Reason"』
「そうねえ…」
『あとは最近リンキン・パークも取り込んだ』
「あ、聴かせて、」
『…こんなの楽しめる時間なんて永遠にこねえと思っていた、』
「え?」
『戦争ばっかりで』
ぽつり、とつぶやかれた言葉を飲み込めず、ユマはジャズを見上げた。砂浜に投げ出された足は絶えず電子音が流れている。かすかにそれがきこえる。
「ジャズの星、戦争なの?」
聞いてはいけないような気がしながらも、興味は抑えられず、口から出た。ジャズは表情を変えず、水平線を見ていた。
『もう滅んだ』
その言葉で、視線を落としたユマの柔らかな瞳に、ジャズは口角をあげた。やはりこの種族は深い思いやりを持っているな、と思った。
「それで地球に?」
『俺たちの星の資源が此処に流れ着いていた。長い年月をかけそれを故郷に持ち帰る為に降りたったが、結局その資源は戦いで破壊された』
「…………」
『謂わば亡命先だな。俺たちにとってここは』
ユマはふたたびジャズを見上げた。
どんな思いだったのかとか、そんな事を考える余裕さえなかったのかなとか、そんな風に思った。
『表情が忙しいな。心配するな。過ぎてしまった事はいつまでも引きずらん。俺はな』
ジャズのどの言葉に感情移入をしたとしても、それは偽物の思いでしかない。ユマにはそんな経験がないから。だからずっと不安だったことを聞いた。今なら聞ける気がした。
「ジャズはずっと地球にいる?」
見返してくるジャズの表情は、やはりバイザーをしているからわからないけれど、言葉の意味を考えるように顎に手を添えた。
「こんなにいい友達、なかなか見つからないもん」
『………』
「勧めたものも全部吸収してくれるし、」
『惚れたか』
「!」
は、とジャズが笑った。
『動揺してるな、可愛いおまえ』
「…………、」
呆れ顔をしながら真っ赤になったユマは、彼の金属の足を叩いた。乾いた、音がした。
ジャズの機体とくっつけているiPodから、曲目を選ぶ。こうすれば、二人同じ瞬間に同じ曲を聞ける。
映画も同じ方法で、ジャズがホログラムで転写するのを二人でみた。
ジャズは魔法使いだ(本人がそう言うから間違いない)。
「あ、この曲好き。In The End」
流れてくる曲に合わせて体を小さく揺らすユマに、思わず微笑む。口ずさむメロディーと、唇、潮風になびく髪と柔らかい肌、
『──、』
たとえば...たとえば俺が人間だったら、
『…確かにイイな』
「うん、あー、生で聴きたいなあ」
ユマがまたあくびをする。この二、三日仕事が忙しかったらしい。
『それよりお前大丈夫か?疲れてるだろ、』
「リンキン・パークは近々ライブがあるらしいけど、行ってみたいなあと思うだけで、全く行動出来てない」
『無視かよ』
曲を聴きながら、ユマはそう言ってあくびをして、瞳を閉じた。
「ねむたい」
『…おいおい』
「…………」
『お前なあ、男の膝元で眠るということがどういうことかわかってるのか?だいたいお前は無防備過ぎるぞ、いつか言おうと思ってたが、』
「…うん、ジャズはロボットだから大丈夫、何もしない…」
『…わからんぞ、明日になってお前の体が粉微塵になっていたらどうする?』
横になったユマを、見つめる。
「…ロボットじゃなくてトランスフォ…マ…か…」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『……ユマ?』
マジで寝やがった。
すう、と寝息を立てだした足の上の彼女を眺めた。
呼吸をするたびに胸が空気を吸い込んでわずかに膨らみ、それから吐き出したときに縮まる。髪が顔を隠していた。
『………』
ゆっくりとクローを彼女に近づけてみる。
髪を掠めたが、微量の髪をはらうのはやはり難しくてやめた。
『…クソ、』
なんだ、この苛々。
こんな原始的な小娘に、なぜ触れようとしたんだ?今俺は...
──ジャズ?私だ、
通信機が反応したのも気づかないほどに、苛々していた。すぐにメインの回路に繋ぐ。
『どうしたんだ?オプティマス、』
──ああ、直接聞きたいことがある。戻れるだろうか?
多分聞きたいことというのは、渋ってきたあのことだろう。わかっている。
『了解、すぐ戻る』
通信を切った後、ユマを起こすのが辛かった。このまま夜明けまで眠ってくれたらいいのに、と何度か思った。