実写/ジャズ | ナノ
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I Love You.

銀色の友達





『おし、着いたぞ』
「……死ぬかと思った…」

叫び過ぎてげっそりとした彼女に、呆れたように答えた。

『だが酔わないようにしてやったんだ、実際お前酔ってねえだろ』

あ、そういえば、とユマから間の抜けた声が出たと同時に、ドアを開けた。乗り上げた砂浜は真っ白だが、空に溶けた朱色が白い砂をサーモンピンクに染め上げていた。日没が近い。

「わ...」

ユマが水平線に重なる寸前のとろっとした夕日を眺めながらゆっくり降りたところで、ジャズは擬態を解いた。
ユマがそれを珍しげに見つめた。やはり何度みてもまだまだ慣れないらしい。

『…口、開いてるぞバカ』

変形を済ませ、それでも口を開けたまま見上げてくる彼女に笑った。

『俺がイイ男で見とれてるのは分かるがな、せっかく夕日を見に来たんだ、そっちを見ろ』

な、と夕日を指差したジャズに、ユマは微笑んで頷いた。

「綺麗な夕日だなあ」
『いやあ、姫にはかなわんですよ、なあ。姫』

すっ、と両手ですくい上げられ、ユマはジャズの手中にいることに気がついた。

「!」
『怖がるな、何もしない』
「こ…怖がってないよ」
『だが怯えている』
「びっくりしただけだよ」

今はロボットの姿をしたジャズを眺めた。夕日に反射したバイザーの向こうにはちゃんと目があるのかとか、サイドに立ち上がっているのは耳なのかな、とか、聞いてみたい事は山ほどあった。

『ここに座れ』

肩のタイヤの際に座らされる。けれどしっかりとジャズの手で支えられている。白い砂浜である地上からは5メートルくらいあるだろうか。

「ま、待って、こ、高所恐怖症で」
『大丈夫。下を見なきゃいい。まっすぐ水平線を見ろ。下を向いたままだと、前に用意された正しい道を選ぶ事が出来ないだろ?』

ユマは恐る恐る、水平線を見た。穏やかな海に飲み込まれてしまいそうな夕日は煌々と1日の最後を告げるかのようにその姿を赤く染めている。
前に用意された正しい道を、選ぶことなんて、

『無理に忘れなくてもいい。だが過去に縛られ過ぎて未来を逃すなんて、無駄な気がしてこないか』
「………」
『そのうち傷は癒える』
「……ジャズ、」
『元気を出せ、ユマ』

ジャズは、優しい。
今までの、対ロボット、という見方がこの瞬間に、180度変わった。
彼は失う痛みを知っているし、感情がある。
ただのロボットじゃない。生き物だ。頭ではわかっていてもうまく理解できなかった入口を、彼は難なく開いた。そんな彼は人間の男性よりも人間っぽい優しさがある気がした。

「ありがとう」

心をこめてそう言うと、ジャズはユマを見て、小さく頷いた。

『しかしセンスがないなそいつは。こんなイイ女を』

なあ?と口角を上げたニヤリとした表情豊かな口元が視界に入り、また調子が狂う。

「またそんなふざけたことを」

はあ、とため息をついて赤くなったユマに、ジャズはきっぱりと答えた。

『大真面目だ』

息をのみ、ユマはジャズを見返した。真面目な口ぶりにどっきりしてしまった。

『自分に自信を持て、お前にはちゃんと魅力がある。それを大事にしろ』
「うん、ありがとう」

そんな風にしか答えることができなかった。
不思議な友達ができた。ボディは銀色、体が大きくて、車に変形する。
二人は違う生き物だ。
でも確かに友達になった。

「あ、夕日沈みそう」
『お、本当だな』

ユマは日が沈む瞬間を見逃すまいとまばたきの量を減らした。思わず、支えてくれているジャズの大きくて特徴的な指のうちの一本をしっかりと手のひらで握りしめていた。

ジャズはその指が感じ取った控えめなぬくもりに、一瞬だけ瞳を閉じた。
バイザーの内側の出来事だから、ユマに悟られることもないが。
わき上がる気持ちは複雑で、処理するのが勿体なくて躊躇するような感覚。回路が柔らかくてあたたかな何かで満たされていく。そんな正体不明の何かを分析しなくちゃいられない性分な自分が、なんとなく、そうせずに今この時を何も考えずに味わいたいと思うのはなんだか変だと、ジャズは思った。
…でもとにかく人間って、あったかい。それは心地いい。

『…カムジョセフィーン インマイフラーイングマシーン…』

小さく歌い始めたジャズに、夕日を見たままユマは小さく微笑んだ。

「何の歌?」
『…ゴーインアップ シーゴーズ…アップ シーゴーズ…』

ユマはジャズを見つめた。

「わかった!タイタニックだ!"ジャック、私飛んでるわ!"だよね?」

楽しそうに笑ったユマに、ジャズは微笑んだ。質も温度も中身も大きさもまるで違う彼の大きな指と、彼女の手は控えめに絡んだままだ。

『あのシーンは良かったな。背景は全部粗野なCGだが』
「そうなの!?」

ユマは目を大きく開いた。

『多分俳優はブルースクリーンの背景セットで演技してる』
「うああ、聞きたくなかった」
『だがそれに気づかないくらいの演技を俳優がしてるってことだ』
「まあ、うん。わかるけど。確かにディカプリオとケイト・ウィンスレットはすごいと思う」

その時に水平線が、とっぷりと柔らかく溶け出した夕日を完全に飲み込んだ。オレンジ色はなりを潜め、淡い紫色が空を支配し始めた。

『イイ星だ。まるで頭が悪い粗野な種族だと最初は思った。だがお前たちの文化を知れば知るほど驚愕した。見事だ。俺たちには真似出来ない』
「………、」
『辿り着いた星が、この星で良かった』

すっかり暗くなってしまった中でジャズを見ても、バイザーの向こうでどんな表情をしているのか分からなかった。

「うん、私もジャズに会えてよかったよ。まさか失恋の痛手を癒やして元気づけてくれるのが宇宙人とは思わなかったよ」
『トランスフォーマーだ』
「あ、そう」
『…………』
「…………」

すっかり暗くなってしまった海はもの悲しくて、せっかく持ち上げた気持ちをまた沈ませるような気になった。

『……帰るか』

うん、と言った時のユマの寂しそうな顔が、ジャズのスパークを締め付けた。