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I Need You!

カマロと過ごす1日目


黄色いまるはなばちの時計がアラームをブンブンいわせ、主が止めてくれるのを震えながら待っている。半目で起き上がり、それを力なく叩いた。陽気に羽根を揺らしていた蜂のモチーフは、途端にその動きを止めた。

「……」

頭にゆっくり意識が戻っていく。真っ先に黄色い残像が頭の中をよぎり目を開いた。昨日の出来事の一部始終を思い出したからだ。

「!」

ベッドからゆっくりと立ち上がる。そっと出窓に近づき、カーテンを握りしめ息を整えた。意を決し、ゆっくりと庭の方を覗いてみる。

「……」

目を閉じて急いでカーテンを閉める。やっぱり夢ではなかった。黄色い悪魔のカマロが庭に停まっている。

「…どうしよう…」

持ち主は一週間貸すと言っていた。サミュエル・ジェームズ・ウィトなんたら。頭のなかがぐちゃぐちゃしている。鏡を見ると、それが反映されたかのように髪もどっかん!だった。
昨日の帰り道、あのカマロは声を発した。ハンドルを握ってくれればそれでいい、みたいなことを言ったのだ。実際、ハンドルを握りしめただけで家に着いた。
どういう仕組みなのだろうか。
持ち主の声に反応するように細工してる、と言っていたサミュエルの言葉になぜか全く信憑性がない。実際あの車が彼のいう事を聞かなかった結果がこれだ。

「やっぱり返した方がいいよね、絶対…」

思わずひとりごちた。
はー…とため息をつき、ゆっくりとキッチンの椅子に腰掛ける。
キッチンの窓から見える外は晴天、厄介ごとを抱え込んでしまった憂鬱な気持ちを、太陽があざ笑っている。

「……」

沈黙の中、ぐうと腹の虫が鳴った。昨日の夕方からこの厄介ごとに巻き込まれたので、昨日の昼からなにも食べていない。テレビをつけて、棚からシリアルを出した。背中で元気にテレビが声を出している。

「───BBSニュースフラッシュ、続いては長引くトランスフォーマー・オートボット問題です───」

冷蔵庫から牛乳と卵とベーコンを出した。週末の冷蔵庫の中身はさみしい。買い出しにいかなくては。

「フライパン、フライパン…」
「───あのシカゴの悲劇から、丸10年が経とうとしています。今日は各地で追悼の儀が執り行われ、犠牲者への祈りが捧げられました───」

シカゴの半壊から10年も経つのか。衝撃的なニュースだったのは覚えているが、たしかに記憶が曖昧だ。たくさんの人が死んだ。跡形もなくロボットの宇宙人に消された。そう思いながら温まったフライパンにベーコンをのせると、ニュースが聞き取りづらくなった。

「世…調…によるオートボットへの理解、賛成派は…国で19%…」

一度テレビに振り返り、音量を上げた。フライパンがじゅうじゅうと音を立てて卵を白く固まらせていく。

「───トランスフォーマーは2010年頃から存在が公になった地球外知的生命体で、体長はおよそ3mから12m、流体金属を元素とし、自動車や戦闘機などに自らの身体を変形させる擬態能力が、その大きな特徴です───」

キャビネットから丸い平皿を出した。冷蔵庫からレタスを取り出して洗い、トマトも切った。それらを粗く盛り付ける。仕上げに焼いた卵とベーコンをそこに乗せた。

「───国連ではオートボットの宇宙からの亡命を今後認めない方針を明らかにするとしていますが、それに対し我が国がどのような対応をとるか、今後の大統領の発言が注目されます───」
「───続いてはお天気です、本日は西海岸から…──」
「いただきまーす」

あの車をどうするか。冷蔵庫に貼っておいた走り書きは、サミュエルの連絡先と住所である。朝食を摂りながらそれを見つめた。

───友達に、なってあげて───

あれはどういう意味なのか。
相当な車好きの人間が、やむなく手放さなくてはならなくなり、引取先に懇願しているような口振りである。それにサミュエルという人は、カマロに怒ったり蹴りをいれたりしていた。
あの時ちょっとゾッとしたのだ。
ただの車をあんな友人のように対生物として扱っている人間は少なくとも今まで周りにはいなかった。それだけこの車に愛着があるというのと同時に、彼は売る気は更々ないということにはならないだろうか。

「だったら本当にこのレンタルは意味がないよなぁ…」

一人暮らしは独り言のオンパレードである。
新しい車で、運転に慣れるようにドライブ!なんて週末を予感していたのに。

「…やっぱり返しに行こう!」

立ち上がり、空っぽになった平皿をシンクに持っていく。冷蔵庫に貼り付けたメモを乱暴にマグネットから引き抜いた。



40分ほどで身支度をすませ、玄関ドアをそっと開けた。庭先に止まっている黄色い車は、昨日の不思議な出来事がまるで嘘だったかのようにとても静かに太陽の光を浴びていた。新車と見紛うほどつややかで、大切にメンテナンスをされているということがうかがえる。一度だけそれを見て、玄関に鍵をかけた。

「…………」

目を閉じて、玄関のドアノブから手を離せずにいた。見た目はストライク、かなりいい車だ。4000ドルなら安い。しかしこれでなくてもいい。イエローの車はきっとたくさんある。意を決して車に向かった。可愛い蜂のついたキーを握りしめ、ラリーイエローのドアを開けた。運転席にそっと座った。カーステレオを一度見て、それから車内を見回した。

「これから、サミュエルにあなたを…返しにいくね」

しばらく待った。しかしカマロからは何の返答もなかった。熱のこもった車内でハッと我に返る。なぜ自分までこの車に話しかけてるんだろう。なんとなく気恥ずかしくなり、ゆっくりエンジンをかけてみた。エンジンは問題なくかかった。

「あ、…えーと…、あ!シートベルト…」

シートベルトを装着すると、昨日のことがまた鮮明に思い出された。試乗しようと乗り込んだ時、シートベルトが抜けないというハプニングが起きた。
ためしにシートベルトの解除ボタン押してみる。ベルトは問題なくするりと身体を解放した。
ホッとした。シートのレザーの香りがした。なぜかまたそれでホッとした。

「…よし、じゃあ…」

教習所以外で運転するのは初めてだ。昨日の衝撃から抜け出せなかった身体が、急に運転初心者の心に引き戻された。

「事故だけはしないようにしなくちゃ…」

カーステレオを見てみる。やはり音声は聞こえてこない。

「…少しの間だけ、パートナーでいてね。…よろしくね」

この車がおしゃべりできないただの車であったとしても、自分の言葉が、おまじないになればいい。
そう思ってゆっくりブレーキを離し、発進させた。

2013/10/09