実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

お買い上げーside B

サムにガレージで説得された後、ミカエラは用事があるから、直接店で落ち合いましょう、と言って出掛けて行った。彼を乗せて中古屋にたどり着く直前まで、俺達は一言も話をしなかった。
別に…、機嫌が悪かったわけではない。もともと必要最低限の事しか話さないだけで、聞かれた事には答えるつもりでいた。しかしサムは気を使っているのか何も言ってこなかった。だから話さなかっただけだ。まだこっちがヘソを曲げていると思っているらしい。そんな事で怒ったりはしないのに。サムが俺を売ったりしないという事は、俺が一番よく知っている。たしかにサムの云う事もその通りで、人間と一緒に生活しながらも必要に応じてオートボットの任務もこなし、しかし軍にどっぷりな訳でもなく(それを許してくれるオプティマスには、本当に感謝してる)という、どちらつかずな自分にサムが疑問を抱くのは無理もない話。それはわかっている。自分の車なのに出掛けたい時にいないというのは困りものだし、だったら車として俺を使わなくなる期間が出来るんだから軍に戻っていたら?と提案してくれるその優しさもわかる。
ただ少しだけ、…ほんの少しだけ、いつも人生の途中で節目があるたびに…、彼に『友達やめよう』と言われているような気がして(たぶんそんな事はないのはわかってるが)、どんな顔をしていいのかわからなくなる。今回もそれだった。大学の時も…、あの時は、新しい生活が一緒に出来ないつまらなさが混じっていたけど。
まとまらない考えがぐるぐると思考回路で渦巻いていくうちに、最初にサムと接触した思い出の地であるボリビアの店に入る手前の交差点まできてしまった。信号はあまり好きではない。こんな風に赤色の場合は、自分の意思とは関係なく体を止めなければならないから。停止している間、サムが窓からあたりを見回している。

「見えてきたね。あの場所で君を買ったんだ」
『…"昨日の事のようだよ"…』

運転席で懐かしそうに目を細めたサムに、こちらも懐かしく思って返事をした時だった。
信号が青になる直前、目の前のクロスウォークを横切った人間に驚いた。
急に視界に入る対象をオートで分析する機能がある。それがひとりでに、一瞬でその人間をスキャンしている。アクアブルーのスキャニングセンサーがいつも通りその人間をマークしていき───、そこからがびっくりだった。自分でも信じられない事に、その感覚に神経が間に合わなかった。変な話だ。自身の機能なのに、その情報の処理に神経が間に合わないなんて。

『…?』

なんなんだ?この感覚。
この人間の女性、どこかで…
そう思った時に、すべてのスキャンが終わった感覚があった。
その情報を取り込んで腑に落ちた。なるほど。今自分は、彼女を古い記憶から呼び出していたんだ。

───きいろのくるましゃんはロォット

目の前を横切った女性は、15年前に助けた、あのビニールボールの少女だった。
とても懐かしくて、同時に新鮮だった。成長したな。大人の人間だ。サムのことはずっとそばにいて見てきたから、確かに彼の成長もおもしろかったが、彼女はレベル違いだ。成人になる直前に出会ったサムと比べ、少女から大人の女性に成長した彼女を見るのがとても新鮮に感じた。まさか再会するとは。70億分の…いくらかの奇跡。

「…ビー?青だよ」

サムの声で我に返った。

「珍しいね、信号見逃すなんて」

我を忘れるなんて感覚、久しぶりだな。ほーんと。
そう思い走るのを再開しながら、彼女がボリビアの店へ入ってくれている事を願った。彼女が自分を覚えているか、確かめてみたかったから。
サムが墓から掘り起こしたみたいな中古車を眺めている間の、いい暇つぶしになればいい。

「じゃあ行ってくるよ。ミクがきたらすぐ戻るから。ここにいろよ。ね」

駐車場でサムが店に入っていく。それを見送る途中で、
…まさか!また彼女が現れた。そしてそのまさか、この店に入っていくではないか。───…これはまさに…

『…"運命とは…"』

こんな時には、尊敬している司令官の言葉を引用させるんだ。誰も聞いていない。独り言だ。これぞまさに、このタイミングというやつだ。内蔵したエンジンを再起動させた。

『…"時を選ばずに"…』

どうでもいいが、オプティマスの声って震えるくらいに低いよな。たまに真似したくなる。そこがクール!

『…"訪れるものだ"…』

イグザクトリー!



彼女の歩くルートを計算して、いちばんいいと思った場所に停まってみる。別に買われたいとも思わないが、気づいてくれたらおもしろい。楽しみだ。

「…ビー、君それ何の冗談?」

…先にサムに見つかった。これは計算のうち。
見ての通り、並んで、売り物になっている。

「僕が君を売りにきたとでも思ってる?」

まさか、そんなに愚かじゃない。自分で試しに"買われ"にきてみただけだ。覚えてないのか?君に買われた時だって俺が君を選んだ。

『"…最高水準の"、"ハイビームを"、"あなたに!!…"』
「ああ…、人がきちゃうよ!店の人に怒られる!それに他の人が目を付けたらどうするんだ!?僕の車なのに」

車は君のだけど、俺は君のじゃない。だいたい、君が手を離したがったんじゃないか。

『…"若者よ…"、"君が行くなら僕も…"、"新たな可能性を…"、"探す旅に出るんだ!"』
「新たな可能性だって?勘弁してよ。君は無理だよ、自分が何者か、分かってる?旅なら軍に戻ればいくらだってできるよ。君みたいなロボッ……ゴホン、…とにかくだめだ。だったら僕が留守の間ガレージにいてくれる方が…」

───きた。彼女だ。
リアバンパーに触れる手が、サムよりあたたかい。やっぱりきた。

「ああっ!だめ!だめ!」

サアアム、ウィィトウィッキィィ…、そんなに焦る理由はなんだ?軍に戻るのはよくて、どうして彼女に触れられるのはだめなんだ?ああ、せっかくのパンフレットが台無しだ。吹っ飛んだ。彼女がびっくりしている。

「あ!すみません!指紋つきました!?」

懐かしい声だ。しかし変わったな。とても…大人になった。

「いや、いいんだ。うん。いいでしょ。2009年型」
「きれいなイエローですね」

色に反応した!やっぱり覚えていたのか?いや、そんな感じはない…な。

「イエロー?あ、うん。そう。イエローの"ただの車"だよ。どこにでもある」

おい!ちゃんとアピールしろ相棒!今地球で一番ホットなカマロだ!カマロのプライム!…はないな。それはプライムに失礼。

『…"Boooo!!"…』

お、彼女が驚いてる。

「ああ、演出、演出だよ。最近はハイブリッド・カーとか…、あ、あと水で走る車とかによく搭載されてるんだ。GPSに喋る機能がついてるのと一緒でさ、ちょっと文句言われると怒ったり。残りの点数をご丁寧に毎朝知らせてくれたりね。ホンダのASIMOだって今じゃ笑ったり怒ったり…こないだなんか泣いてた。それみたいなもんだよ」

…それってすごいの?
なに、プレゼンになってるのか?これ。やる気ないだろ、青年。

「───乗ってみてもいい?」
「────え?」

!これは驚いたな。人間にはこういうプレゼンでいいのか。彼女が興味を持ってくれた。これはすごい。でかした、サム!

「あ、実はその…断ってるんだ、まだレザーを貼り替えていないし…」

おいおいおいおい。何なんだ、さっきから!…もういい。人間にプレゼンを任せたのが間違いだった。ここは乗せるが勝ち。ジャパニーズタクシーよろしく、オープンだ!乗れ!
ドアにかけた彼女の手は、やっぱりサムとは湿度も体温も違う。新鮮だな、本当に。笑顔が見えた。それは小さい時から変わっていない笑顔だった。少し、何かに安堵した。体は変わっても、そこは変わっていなかったからか?乗り込んだ彼女の重みをたしかめた。
サムより軽い。

「いいなぁ、これ…」

ハンドルを握られた。柔らかい指の腹が、吸いつくように密着した。

「…怒りやすいのかな?ナイトライダー的な機能かな」

少し、がっかりした。
ナイトライダーだって?そんな地球人の妄想の骨董品と一緒にしないでいただきたい。K.I.T.Tはクールだけど。

「なんか…ちょっとこれ欲しくなってきた…」

俺も君が欲しくなってきた。これは冗談じゃない。君と友達になりたい。
そう思ったら、彼女は外にいるサムに笑いかけていた。

「車、初めて買うんです。長く乗れそうなのを探してて…」

長いよ。もうそりゃ末長く。君が死んでも俺は生きているだろうから。

「色も子供の時から好きな色だし…」

……やっぱり覚えて、いたのか?
甘くて苦しい何かに取り付かれた気分になった。助けた人間はたくさんいたが、再会した人間なんていなかった。それが何を意味するのか、それを考えなければいけない気がした。
だが考えても一緒だ。なにかわけのわからない衝動に突き動かされている。こだわる必要はないのに、今たまらなく…、
彼女になら"買われてもいい"と思い始めていた。そんなつもりは毛頭なかったのに。

「ああ、ここまできて言うのもなんて性格が悪いんだと思われるかもしれないんだけど…これ、僕の車なんだ。ごめん、ほんと」
「え!?」

───大切な事を思い出した。そうだった。自分は彼の車でもある。

「手違いで展示されちゃったんだ、なぜかわからないけど…」

だけどサム、俺はこの子と友達になれる気がするんだ。

「ほら、ここ。サミュエル・ジェームズ・ウィトウィッキー。ね?僕の名前。気に入ってくれて悪いんだけど、これは長い間連れ添った相棒なんだ。バンブルビーって名前も付けてるくらいね。だからその…、降りてもらえるかな?」

そんな事言わないでくれ、サム。俺は…、君の車だけど、…今後の身の振り方くらい、自分で決めたい。…乗り手が車を選ぶんじゃない、車が乗り手を選ぶんだ。

「!?」

少し強引だが、彼女を閉じ込めた。今そうしなかったら、この再会は、オールスパークのただの気まぐれで終わってしまう。

「なにこれ…なんで…」

ガチャガチャと乱暴に触られた。その手も暖かくて…、気持ちよかった。
マズイ、と呟いたサムに、どうか可能性を潰さないで欲しいと願った。願っただけだ。

「…よっぽどお気に召したのね、彼女が」

ミカエラの声が聞こえた。ああ、その通りだ。俺は彼女に、興味がある。
サムは、なぜかカンカンに怒っていた。

「いいよ!好きにしたらいいさ。ドアを開けろ!開けろったら!商談を始めよう」

サムがドアを蹴り上げた。こんなに本気で蹴られたのは初めてだ。痛くはなかったが心が傷ついた。
俺の中にいる彼女は震えていた。いきなり雁字搦めにされたんだ、それは分かる。悪かった。反省してドアを開けた。彼女は動かなかった。というより、動けなかったようだ。腰をぬかしたらしい。

「いい?聞いて。僕の声に反応するように細工してる」

彼女は首を振った。

「い、いい…、こんなの要らないです、ごめんなさい…」

今にも泣き出しそうだ。そして俺も泣きたくなった。

「…だろうね。僕の手にも負えないんだ。見た目は最高だけど言う事をきかない」

彼女は立ち上がろうとした。しかしサムが止めた。

「一週間。貸してあげる」

ミカエラが「ちょっとサム…!」と割って入ったが、サムはそれを制止した。

「それで君がもし…、こいつを気に入れば、…うん。譲るよ。買った時の4000でいい」
「……」
「それでいいよな?ビー」

なにも言えなかった。彼女に気にいってもらえと。そう言う事か。雁字搦めにする気味の悪い悪魔のカマロからのスタートで、と。そういう事だ。

「…君には迷惑な話だよね、だけどこのカマロが、君を気に入ったって」

彼女は首を振り続けた。心底嫌そうに。その度に傷ついた。
しかしサムは、最後の最後で怒る顔をやめた。

「…友達になってあげて」

サムがそう言うと彼女もまた、恐れる顔をやめた。

「1ウィークだし、リース代はタダでいい。今日、これで帰っていいよ。これ、キーね。僕らは…彼女のクルマで帰るから」

隣にいたミカエラは、ただ不満気な顔をしていた。
自分に乗り込んだままの彼女は、そう言って去っていったサム達をぼんやりと見送っていた。
そして俺たちは、ふたりきりになった。
彼女は何でこんな事になったのかわからない、という顔をした。30分ほど放心していた彼女は、やっと我に返った。

「…帰らなくちゃ…」

そう呟いた。そして信じられない事に、自分から降りようと
した。それはダメだとエンジンを吹かせる。彼女は驚いて目を見開いたが、逃げようとはしなかった。

「とてもじゃないけど私、人の車を運転なんて…、まだ免許取りたてだから」

静かに、疲れたようにカーステレオに向かってそう言った彼女に、何を言えばいいか考えた。

『…君は俺の…、ハンドルを握ってくれればいい』

え?と言って戸惑ったその顔を眺めた。広い世界でふたりきりになった気分だった。
やっぱり運命を感じた。

彼女を恐れさせないように、体をゆっくりと発進させた。
驚く彼女の顔を眺めながら、夜の景色がいつもと違って見えるのはなぜだろうと考えていた。
2011/09/26