I Need You!
カマロと過ごす1日目 その2
家を出て、途端に怖くなった。
今まで歩いていた何気ないいつもの道が、車のフロントガラスから見るとまったく別の風景に見え、それがさらに不安を煽った。
免許を取ったばかりのドライバーがみんなそう思うかはわからないけれど、ユマは土地勘のないまったく知らない場所を通ってる気になっていた。
「う…」
規定速度を気にするあまり、メーターばかりちらちらと見ては、アクセルを踏み込む力に比例して忙しく上がり下がりする速度表示に、当たり前のことなのに感動する。
「…ほ…おっと、あ、ここを右だ!」
慌てて右に曲がる。慌ててといっても細心の注意をはらっての低速で。
その慎重さに自分で少し呆れる。
「と、遠い…」
早く運転に慣れたい。おずおず運転するということを卒業したい。
「あ、あの家かな…」
なんとか命からがら運転して、やっと目的の場所が見えてきた。
サミュエルの家、住所通りだとたぶんここだ。
慣れないながらも側面にカマロをつけ、降りて、インターフォンを押す。
「……」
…出ない。
もう一度、押す。
「……」
…やはり人が出てくる気配はない。
「どうしよ…」
電話をしてから来るべきだったと後悔してももう遅い。携帯電話を取り出し、門の前でメモに走り書きされた連絡先へ発信する。
───お客様のおかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が…
「うそでしょ…」
振り返り、カマロを一度見た。
あたたかな日差しに照らされ、サンイエローが思いっきり光っていて眩しい。
「…どうしよう…」
もう一度着信を入れてみる。しかし、案の定呼び出し音は鳴らなかった。
「あー…」
携帯電話を見つめ、瞳を閉じる。諦めの境地。
目を開き、カマロに乗り込む。
「今、ご主人サマ、いないみたいだよ。出直そう」
無意識に、またカーステに話しかけていた。カマロは沈黙を守っている。静かな車内に、
「……」
自分の腹の虫の音が派手に鳴り響いた。慣れない運転のために、ここまでくるのに随分と時間がかかってしまった。落胆で気が抜けたのか、一気にお腹がすいた。
「とりあえず、なんか買って、帰ろ…」
運転席に座り、エンジンをかけたところで急に疲れた。またもと来た道を戻ると考えたら一気に肩が重くなったのだ。
「ああ、昨日の自動操縦みたいなやつ、どうやってやるんだろ?」
カマロはもちろん無反応。反応して欲しい訳ではないが、もっと操作の方法を聞くべきだった。
「……」
カーステを見て、溜息。
行きは住所を入力したら、自宅と表示された。サムが登録したのだろう。そして距離が何キロか表示されて、そのナビの通りにきた。
「……あ、もしかして住所とか、私のこと登録すれば、あの自動操縦みたいなアレ、できるのかな」
登録、…とつぶやきながらそれらしいところを探す。
名前、住所、誕生日などを入力するところがある。サムの長い苗字を消し、上書きしているところで気がついた。
「入力してよかったのかな…だってさ、これ、彼は売る気ないんだよね」
勝手に上書きしたら怒られそうだと、今気がついた。
「……」
そんな事より苗字、長くないか。
スペルをもう忘れてしまった。
「…あー…と…」
W…i…t、w
「ん!?」
急に画面が消えて、さっき入力した自分の名前の表示に戻った。
「うぇ!!ちょ、ちょっと待って、元に…」
登録されちゃった。
「…あー…もー…」
もう何もかもがかなり面倒くさくなってきた。
疲れている。とりあえず帰ろうと気持ちを仕切り直し、ユマの家、と書かれた新しい登録先のボタンを押し、サイドブレーキを解除した。
「…行きます、帰ります」
最短のルートが表示された道を、さっきよりもスピードを上げてみて、走らせる。
改めて見ては、内装もかっこいい車だなぁと思う。そしていつの間にかほのかにするシトラスの香りに気がついた。
「ん?いい匂い…」
爽やかで、優しい香り。疲れが少し紛れたような気持ちになった。
「…なーんか、すごい車だなぁ」
持ち主に返せなかったことは残念だったが、運転の練習にはなった。
かなり慣れてきた。行きがけの時にはない安心感が少しだけ。
「…運転、…楽しい、かも」
表示され距離は、あと半分のところまできた。信号で止まった時、すれ違った小さな店のショーウィンドウに車に乗った自分が映る。昼下がりでオレンジがかったカマロも一緒に映っている。
…やっぱり見た目ストライク。
「んー…!」
これがサムのカスタムカーじゃなければ。おばけみたいな変な機能ついてない、ふつうの車だったら。
「…惜しい!!」
サムに返す前に、綺麗にして返さなきゃだろうなぁ、と思った。彼はとてもこの車を大事にしているように見えた。
赤信号になったところでそう感じて、思い出した。洗車のグッズなんて、持っていない。最寄りのカー用品の店を検索した。
2015/04/12