実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

お買い上げ

初めての車というのは中古で充分だというのが一般人のセオリーであり、その通りだ。上達のための練習用として考えたら賢い選択のはず。いくら元金が増えたとはいえ一人暮らしの手前、今後の生活のゆくえが不安でもある。だからキャッシュで買える元手があって、さらに貯金を残せると考えれば、こんなに安心なことはない。そう思った結果が、最寄りの中古店であるボリビアだ。
看板を見上げると、控えめに写真が飾ってあった。両手を広げてこちらに笑いかけているおじさんが写っていて、下に初代オーナー、とある。
正直、うさんくさいおじさんというのが最初の印象だった。



「ビー、君それ何の冗談?」

サンイエローは展示会用の照明でいつにも増して輝いていた。バンブルビーはすましたフォルムで静物を気取っていた。車好きが集まるこの場所でも、展示されたカマロに話しかけているサムは端から見ると異常だ。
だが事情を知る人間にしてみたら、長年連れ添った車が、客用駐車場に止めたはずなのに勝手に自らまっすぐ会場に入ってきて売物みたいに展示場所に並んでしまったら、声をかけて当然だ。

「僕が君を売りに来たとでも思ってる?」

バンブルビーがわざとらしくヘッドライトを煌々と照らし、カーラジオが『"…最高水準の"、"ハイビームを"、"あなたに!!…"』なんて訳の分からない継ぎ接ぎをしている。
サムはああ、とため息をついて、ドアを開けようとした。

「人がくる!店の人に怒られるよ!それに他の人が目を付けたらどうするんだよ!?僕の車なのに!」
『…"若者よ…"、"君が行くなら僕も…"、"新たな可能性を…"、"探す旅に出るんだ!"』
「新たな可能性だって?勘弁してよ。君は無理だよ、自分が何者か、分かってる?旅なら軍に戻ればいくらだってできるよ。君みたいなロボッ…」
サムは咳払いをして、立ち聞きされていないか素早くあたりを見回した。
「…とにかくだめだ。だったら僕が留守の間ガレージにいてくれる方が…」

そこまで小声で言ったところで、背後に気配を感じた。

「!!」

パンフレットを手にしたひとりの女性が、興味津々でリアバンパーのあたりに触れている。

「ああっ!だめ!だめ!」

サムが取り乱して、驚いた女性が慌てて手をはずした。その瞬間に、パンフレットが宙を舞った。

「あ!すみません!指紋つきました!?」
「いや、いいんだ。うん。いいでしょ。2009年型」

なんで営業してるんだ?とサムは自問した。しかし車と喋っていたところを見られたかもしれないと思うと肝が上がり下がりした。そんなサムの様子など気にすることなく、彼女はゆっくりと笑顔になった。

「きれいなイエローですね」
「イエロー?あ、うん。そう。イエローの"ただの車"だよ。どこにでもある」
『…"Boooo!!"…』

車内から聞こえたブーイングに、女性は目を白黒させた。

「ああ、演出、演出だよ。最近はハイブリッド・カーとか…、あ、あと水で走る車とかによく搭載されてるんだ。GPSに喋る機能がついてるのと一緒でさ、ちょっと文句言われると怒ったり。残りの点数をご丁寧に毎朝知らせてくれたりね。ホンダのASIMOだって今じゃ笑ったり怒ったり…こないだなんか泣いてた。それみたいなもんだよ」

女性は理解したような難解だったような顔をして、

「乗ってみてもいい?」

と尋ねた。

「────え?」

サムが硬直する。
なんだか、絶対的に不利な気分になったのだ。それは人間の野性的な勘。今の一言で、女性はこのカマロを購入するという見たくない未来が予測できる。しかしなにを恐れているのかと思うのも事実だった。バンブルビーはサムの車だ。

「あ、実はその…断ってるんだ、まだレザーを貼り替えていないし…」

そう言っている間に、バンブルビーはお構いなしに運転席のドアを開けた。サムは小さく悪態をついた。女性を気に入ったのか、うろたえたサムをからかっているのか。彼女が運転席に乗り込むのを横目でみながら、どちらにしろ気分が悪いと思った。

「サム?なによこれ、どうしたの?」

声に振り向くと、いつの間にか背後にはミカエラが立っていた。明らかにこの現場を不服とした表情だ。なんで知らないオンナが?と云わんばかりの。サムはさらに慌てた。

「違う、僕は売る気はないよ。勝手にこいつがここに入ってきたんだ」

窓が開いた。
運転席で屈託のない笑顔をふりまく女性に、サムもミカエラも呆気にとられて声がでなかった。



程よくかたいレザーシートは予想以上に快適だった。運転席からは、明るい景色が見える。

「いいなぁ、これ…」

息をゆっくり吸い込んで、ユマはハンドルを握った。他に目立つ車もなかったからというのもあってか、とてもこの車に惹かれた。ハンドルの中心部に見たことがないマークがくっついている。運転席の窓から、30代くらいの夫婦なのかカップルなのかわからないが、そんな二人がこちらを心配そうに見つめていた。売り子さんと営業のようにも見える。営業かと思われる男性の先程の説明は分かりやすかった。アシモのあたりとか。

「怒りやすいのかな?ナイトライダー的な機能かな」

カーステレオに小さく呟いた。けれど今回は、何の返事もこなかった。

「なんか…ちょっとこれ欲しくなってきた…」

即決していいものか。だが中古車にしては状態がいい。これは長く乗れそうだ。ユマは窓の外にいる二人に笑いかけた。

「車、初めて買うんです。長く乗れそうなのを探してて…」

男性はあまりいい顔をしなかった。

「色も子供の時から好きな色だし…」

そして驚くことを言った。

「ああ、ここまできて言うのもなんて性格が悪いんだと思われるかもしれないんだけど…これ、僕の車なんだ。ごめん、ほんと」
「え!?」

じゃあ何でこんな場所に置いておくんだ、と一瞬で沸点まで達した。

「手違いで展示されちゃったんだ、なぜかわからないけど…」

彼は助手席の下から、おもむろにファイルを取り出してこちらに見せてきた。自賠責保険、とある。

「ほら、ここ。サミュエル・ジェームズ・ウィトウィッキー。ね?僕の名前。気に入ってくれて悪いんだけど、これは長い間連れ添った相棒なんだ。バンブルビーって名前も付けてるくらいね。だからその…、降りてもらえるかな?」

なんだそりゃ。一気に買う気が失せた。仕方なく降りようとしたが、

「!?」

開かない。ドアが開かないのだ。しかもいつの間にかシートベルトまで締まっている。

「なにこれ…」

解除ボタンを強く押してもびくともしなかった。

「なんで…」

ガチャガチャと乱暴に音を立てるが、車はユマをがっちりと固定したまま動かなかった。

「マズい…」

サムの慌てぶりに反して、コンパニオンと間違えられているミカエラは、浮かない顔を変えないまま、ため息をついた。

「よっぽどお気に召したのね、彼女が」

2010/10/12