実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

運命のクルマは

日差しが眩しかった季節はひと月前にすぎたが、晴天の日中を歩くと照りつけたアスファルトが熱の混じった空気を肌になすりつける。
風は夏よりいくらか冷たいし、緑は深緑を通り越して赤茶けてきているのに、出かける前は羽織るものの下に半袖を着るべきか長袖を着るべきか迷う。そんな季節。
午前中から今日は試験だった。運転免許を取ったのだ。センターからの帰り道、秋になりかけた外気をゆっくり吸い込みながら家路を急ぐ。今日でやっと、こんな暑いのか涼しいのかわからない道を徒歩で移動する生活から解放される!
そんな事を思いながら帰路を歩いていたら、脇から子供達の声が聞こえた。何気なく声のする方を見やると、男の子と女の子が楽しそうに遊んでいる。アスファルトのひび割れたわずかな隙間から逞しく伸びた花を眺めたり、草を毟ったりしている。しゃがんでいる女の子の、白いパンツがコンニチハしているのを目撃してしまい、向こうがそれに気づいているわけではないが、思わず笑顔になった。自分にもそんな時期がきっとあったはずだ。
なぜかわからないが周りの話によると、小さい時はやたらと"黄色いもの"に反応していたらしい。花もひまわりやたんぽぽで喜んでいたらしく、対向車が黄色い車だった時は大喜びだったのだとか。
それがいつからだったのかそんな風に感動もしなくなって、花を見たぐらいでは喜べなくなった。
知らず知らずのうちに、川で流されて丸くなった小石のように、本来あったはずの自分らしさがすり減ったのかもしれない。
毎日がそれほど楽しくないからか、何なのか…

「ただいまー…」

ひとりで暮らしているのだから返事がないのは当然だが、なぜか言いたくなる。「おかえりなさい、と」と言いながら扉を締める。これが日課だ。
小さな一軒家だが、ひとりで暮らすのには充分、というかちょうどいい。ここをアトリエに使っていた先祖が残したらしい。気ままな一人暮らしに憧れて、譲ってもらったのだ。
郵便物をざっくり確かめると、離れて暮らす家族からの手紙が混じっていた。

「お…」

ハサミハサミ…と呟きながら見渡すと、キッチンで目的のものを見つけた。封を丁寧にきると、中から手紙と、見たことのない通帳が入っていた。手紙には、
"親愛なるユマ
頑張っていますか。そろそろ免許が取れる時期でしょうか"
という言葉と、家族の近況が少し。そして最後に、
"車を買うときの足しになれば。少しは頼りなさい。事故だけはしないように"
という走り書き。通帳を開いてたまげた。

「うわ…、こんなに…」

自分でも貯えてはいたが、このサプライズは正直飛び上がるほど嬉しかった。



「別に新しい車が欲しいだとか、そういう事じゃないんだ。これから環境が変わる。僕だって外に出たいけど、あんまり出掛けられる事もなくなる」

サム・ウィトウィッキーは久しぶりに相棒を説得していた。大学生になったときに、一年生は車をもてないと説明した時も、彼はこんな表情をしていた。

「ミカエラに譲ればいいかなとか、色々考えたんだけど、やっぱり君はただの車じゃない。わかるよ、そりゃこのガレージは昔使ってた実家のとは訳が違うし、君にとっても住みやすい場所だってことは。だけどオートボットとしての任務に戻った方がいい」

15年、いや、16年か?中古で買ったカマロとこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。その間社会人になり、研究者でもあり、色んな意味で変わったが、なんだかんだでずっと愛車であり続けてくれたこの相棒は、性能、機能、何ひとつ衰えていない。

「チャンスなんだ。もしかしたら君たちと働いたり、それから…」

説明をしているそばで、バンブルビーはつまらなさそうな顔をして、気ままにラジオを拾い始めた。そらした顔を両手で引き戻した。

「ビー聞いてよ。君を売ろうだとか、どこか知らない場所に捨てようだとか、そういう事を言ってるんじゃないんだ。本来の場所にいったん帰っておいてくれってお願いしてるだけさ。いい?君はプライムや他の仲間と一緒に…」

ガレージの外で、「サム、いるの?」と声がする。それから、声の主が入ってきた。入ってくるなり、ミカエラはばつが悪そうな顔をした。

「あー…、お取り込み中?だったら出直す…」
「ああ、待って。何か用があった?どうしたの?」

ミカエラが手に何か持っていることに気がついた。

「DM?」
「あ、ええ。そう、ボビー・ボリビアグループだって、知ってる?」

ミカエラが話し終わるのを待たずに、ダイレクトメールを受け取る。

「ああ、うん知ってるよ。学生の時にバンブルビーを買った中古屋のディーラー」

葉書には『初代オーナー/ボビー・ボリビア追悼展示会/ソウル・メン』とある。鄙びた中古店だったが、サムがカマロを買った次の年から売上が奇跡的に伸びたらしく、この16年ほどで中古を扱う業界では珍しく成り上がった。オーナーのボビーは肺炎をこじらせてずいぶん前に逝去したのだが、五年ほど前からこういったダイレクトメールが届くようになった。

「展示会だけど、行く?ミクは年代物の車には興味あったっけ」

ミカエラはつまらなさそうに首を傾げた。

「中古屋なの?うーん…」
「この初代オーナーって人、いい叔父さんだった。最初は意地悪だったけどね。何度思っても残念だよ」
「他でもないバンブルビーを売ってくれた所なんでしょう?だったら行くべきなんじゃない?」

バンブルビーがそれに反応するように寂しそうな電子音をあげた。ミカエラがゆっくりと笑った。

「安心して、あなたの代わりにあなたじゃない"誰か"を買いにいこうっていうんじゃないから」
「そう。僕も今それを説得してたところ」

ミカエラがガレージから出て行った。それに続こうとしたが、ゆっくり振り返った。

「何度でも言うよ。覚えていて。君は僕の最初で最後の車だよ、ビー」
2010/10/03