I Need You!
カマロと過ごせなかった6日目
昨夜からすれば嘘のような穏やかさを取り戻した、いつもの窓から眺める風景、今朝は玄関先に、明るい黄色の車は停まっていない。結局、家路についたのは深夜2時。仕事は、申し訳ないと思いながらもひどい疲労感に耐えられず、休みをとった。帰ってきてずいぶん汚れた服を洗い、シャワーを浴びて、眠ったものの……眠りはなんとなく浅くて、6時になって、もう眠るのを諦めた。
テレビもつけず、ただ窓の外をぼんやりと眺めている。
「……」
バンブルビー。
あのトランスフォーマーの名前。
何故気がつかなかったんだろう。鈍感だった自分を信じられなくなった。こんな脅威がこんなに近くで、自分の生活の中に溶け込んでいるなんて。
どれだけ世の中のことに関心がないんだろう。サムは、あの車を、長い間連れ添った、"相棒"だと言っていた。そう、ヒントは、いくつもあった。
シートベルトも戻らなかったし、自動で運転もしてくれた。洗車で気を良くして、ドライブも行った。
───君には迷惑な話だよね、だけどこのカマロが、君を気に入ったって
「……”エイリアンは、……敵”」
世の中はそう言っているし、みんな怖がっているし、確かに、怖かった。
───”姫様、ここは危険でございます!”…”逃げて”
やっぱり、あの後、サムのところへ帰っているのだろうか。あからさまに嫌な顔をしてしまった。
もうあの車に、自分は嫌われてしまった気もする。家の中を見渡すと、台所においたままの、カマロの鍵が目に入った。
これが無くても起動するんだ。すごいな。
だけどこれは、サムに、返さなければ。
「……」
また窓の外に視線を戻すと、いつもより庭が広く感じて、とても寂しくなった。なんとも形容できないこの気持ちは、なんなんだろう。そう思いながら向き直り、カマロの鍵をもって、出かける準備を始めた。
気がついたら、サムの家の前にいた。
無心でここまできた。庭に入る前に、足が止まった。室内から、チワワがこちらを見て、敵意剥き出しに甲高く吠えている。震えながら。
なんだかそれが、怒られているようで、気持ちがしぼむ。後ろからチワワを抱きかかえたのは、サムだった。こちらに気づき、勝手口から出てきたサムは、チワワを抱えたまま、勝ち誇った顔をして、「あと1日あるよ、もう嫌になった?」と言った。それには、仕方なく愛想笑いを返した。
「……返します、これ。戻って来てるでしょ?」
鍵を差し出すと、サムはふーん、と言わんばかりに口を尖らせ、それを受け取り、こちらを見た。
「僕のところには、きてないよ」
「……そう……ですか」
サムは状況を読み込んだように2、3度頷いた。
「正体が、分かったんだね」
俯いた顔を上げる。
「昨日、彼が戦うところを見ました。助けてくれた」
今彼は、どこにいるのだろう。
「……助けてくれたのに、」
「ん?」
「私は、怖くて、」
靴を持ってきてくれたのに、お礼も言わなかった。
「……そうだね。怖くない人間なんていない」
俯いた、顔を上げる。
「彼らはオートボット。オートボットは、いつだって守ってくれる。守る為に、戦ってる」
チワワをゆっくり下ろした。サムが、ほら、遊んでこいと優しく促すと、チワワは自由になって、庭を駆け回った。それを目で追いかける。
「……たとえ、死んでもね」
サムと目があった。
「そんな奴らに背を向けるなんて、僕にはどうしても出来なかった」
「……」
「いい奴でしょ、あいつ」
サムは少し微笑んだ。
「きっと、そのうち戻ってくるから。その時に思ってる事を、言ったらいいさ」
サムがゆっくりと手を持った。それから、さっき渡した、カマロの鍵を手のひらに乗せてきた。
「もう少し、貸してあげるよ。僕の車」
サムは、ユマを見送り、それから、彼女が完全に見えなくなったあと、ガレージへ向かった。ラリーイエローとブラックストライプのボンネットを、とんとん、と柔らかく叩いた。
「……で?どうしたいの?」
今朝、保護区から帰ってきたバンブルビーは静物に徹していて、何も事情を話さなかった。ただ黙って、ガレージに入って、本当に、本物のカマロのように鎮座していた。サムの声に反応し、ゆっくりと変形していき、しゃがみ込んだまま、俯いた。
『"彼女は……”、”我々の事を知らない”』
「うん、で?」
『”彼女に”、”否定されたような……”、”アタクシの存在を”』
「だから最初からやめとけって言ったんだ、本当に、全く、君は言う事を聞かないから」
『”知らなかったんだ、それは分かってる”、”それは、そうだけど”』
サムがため息をつく。
「───傷ついた?」
『”何故かわからないけど”、”ものすごく”』
目を見開いて、サムがあからさまに驚いた。
「───あのさ、ビー、それって」
サムとバンブルビーが見つめ合い、二人の間には、バンブルビーが目を見開き、瞬きするカシャカシャという音だけがガレージの中を、支配した。バンブルビーは驚いて立ち上がろうとして、ガレージの天井頭をぶつけた。しどろもどろに大きな手を体の前で振って、それから頭を抑えて、うろたえた。
『”いや、そんな、まさか”、”あり得ない”』
胸部が上下し、目をクルクルさせて、羽根のドアがパタパタとした。そうすると、サムの頭上に、色々何か落ちてきて、ああ!もう、なんだよ、と言いながらそれを避ける。
「ほら、落ちたぞ」
落ちてきた、車内に入っていたであろうそれを手に取り、サムがバンブルビーに手渡そうとして、もう一度引き戻した。よく見ると、カーシャンプーだった。
「……」
ぱらぱら落ちてきてきた他のものも拾い上げると、やっぱりそれはカー用品だった。新しいスポンジだったり、そんなもの。サムは思わず笑顔になった。
「……君の見立ては、間違ってなさそうだね」
2017/08/11