実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

カマロと過ごせなかった4.5日目、そして5日目

誘導する兵士が、強引に腕を引っ張る。
「ほら、自分の足で歩いて。さあ、しっかり」
優しい言葉掛けの割には一度もこちらを見ず、預けた身体が申し訳なくなるほど彼らは”敵”を警戒している。目線のすぐ横にある腕のマークには、カマロのハンドルの中心に浮かび上がっていたマークと同じデザインのものだった。
兵に連れられ着いた場所は、駅の裏の通りだった。負傷している人を救急車が運んでいる。そこに並ぶ人々はぴんぴんして兵士に文句を言っていたり、疲弊している人もいた。

「指示が解除されるまではここにいて下さい、単独行動は避けてください」

叫んでいる兵士の声が大きい。よく通る声だ。
宇宙からの脅威と戦う人々を見るのも初めてだし、それより、黄色いカマロは……あの車は……。何度もあの目を思い出していた。レンズでピントを合わせるように、あの目は滑らかに動いて、内側から発光していた。ロボットの目で、
まんまる、だった……。
そんな、まさかだ。だけど、よく考えたら何故気がつかなかったんだろう。だって、彼は話ができたんだ。人工知能だなんでどうして思ったんだろう。

「───あいつらが来てからめちゃくちゃになったよな」

横で途方に暮れて座っている中年男性が、疲れたように小さくそう呟いた。目が合う。

「エイリアンだよ、シカゴを忘れるな、だ」
「……」
「知り合いがいたんだ」

言葉が出ない。
───続きましては、長引くトランスフォーマー・オートボット問題です……
頭が真っ白だ。
───”では提案しよう!” ”私の操縦で” ”着の身着のまま” ”突っ走る!”
今まで何度も耳にした事が、別したものに聞こえる。混乱する。

「あれが家族だったならと、痛みはどんなものだったかと思うと……」
「……」
「……あいつらに、人間はいつか皆殺しにされる」

───こいつは僕の相棒なんだ
待って……、サムは、あの車をトランスフォーマーだと知っていた?
───バンブルビーって名前も付けてるくらいね

「……怖いよー……」

反対側で啜り泣く声が聞こえ振り向くと、子供が目を真っ赤にしてそう呟いた。
遠くの方で爆発音がして、その場にいる全員が息を飲み、その後すぐ地響きがした。身体は固まったように動かす事が出来なかった。ドリルで穴を開けるような音が真下から聞こえる。地面に向かって重たそうな銃を構えている兵士が、下に何かいる!と口々に叫んでいる。
辺りを見回し、もうウチに帰らせて頂戴!と叫んで走り出した中年の婦人の行く手を地面が遮った。何かが突き出した。

「逃げろぉ!」

逃げろと言われても、腰が動かない。
阿鼻叫喚、泣き叫び散り散りに逃げる人々の流れに押されながら、目の前の光景から目が離せずにいた。地面から這い出たものが生き物であるということがよく分かる。とても巨大な、蠍のようだった。それで、対峙する形になった時に気がついた。逃げ遅れた、と。

「……あ……あ……」

じりじり間合いを詰めてくるサソリ型のロボットを刺激しないように後ずさりする。靴が片方だけないので、もう片方がとんでもなく邪魔に感じる。脱ぎ捨てて裸足で逃げようか、だけど動くと殺されそうだ。目がたくさんある、どれが目?怖い!脱げた左足で、右足の靴をはらおうと躍起になっていたら、急にサソリ型のロボットが尻尾を立ち上げた。絶望的に怖い。周りの兵の銃が、おもちゃみたいに感じる。時々手応えのある一撃が入るが、もうどうか刺激しないで欲しかった。逃げたいけど腰が抜けて、動けない。思わず顔を背ける。

「───yee-hah!」

顔を背ける途中、さっき見た黄色いロボットの残像が見えた。それからどしん、がしん、と音がして、多少の地響きがあり、それが彼が発している地響きである事に気がついた。視線を戻すと、黄色いロボットはサソリ型のロボットを横から殴りつけて、尻尾を持ち上げて頭を踏みつけた。
サソリ型が闇雲に撃った砲弾が駅の壁に辺り、煙を出した。瓦礫が降ってきて、ようやく立てた。ああ、と思わず声を出しながら後方へ走る。ひょろひょろとしか動けずに、情けない走り方をした。再度振り向くと、黄色いロボットが手に持っていたサソリの尻尾を振り上げて、顔の中心に大きなキャノンを食らわせた。青白い光が、蜂のような黄色い顔に反射していた。

「……」

息絶えたサソリ型のロボットを静かに放って、黄色いロボットは、ゆっくりとこちらを見た。
それから、周りの人々を見回した。周りの人々は、また我に返り、そして、叫びながら逃げ出した。

「……”姫様、ここは危険でございます!”…”逃げて”」

───え?
彼らを見たのは初めてなのに、この感じ、前にも感じた事がある。この言葉も、なぜか覚えがある。煙の匂いがする。

「……」

シュン、と音がして、黄色いロボットは、顔の装甲のような物を額の中に仕舞い込んだ。マスクのようなものを。それで、剥き出しになった丸い眼が、青く光っている。がたり、と音がして、ロボットがこちらに身体を向けた。
周りの人が叫んで、さっきシカゴに知り合いがいたと言っていたおじさんが、早く逃げろ、バケモンが来るぞ!と叫んでいる。
だけど何かが、よく分からない。
だってロボットのエイリアンって、悪者でしょう?どれも一緒だと思ってた。
私たちを襲おうとしたロボットに、別のロボットが立ちはだかって、同じ種族であろう目の前のロボットに、銃みたいな腕を向けて、それで私は、襲われずに済んだ。
内側から発光する水色の目に、とても彼が悪いやつだなんて思えない。
逃げろ!と叫んでいるおじさんの声が遠い。
助けられた自分が、ここに居づらくさせている気がした。なぜそう思うのかも分からないし、どうしてこうなったのかもわからない。
これ、何?
分からない。
こんなの初めて見た。
ロボットは目の前でしゃがみ込んだ。ひいっ、と思わず声が出てまた尻餅をついた。
ロボットは顔のパーツを忙しく動かし、肩を竦めた。それから、ポコン、と胸から間抜けな音を出して、手のひらを差し出した。またそれで、ひいっ、と声が出た。手のひらに乗っかっていたのは、

「あ……」

さっき駅前で脱げてしまった、靴の左片方だった。
───友達に、なってあげて
目が合う。

「あの、……」
「───バンブルビー、彼女はもう大丈夫だ、任務に戻ってください」

後ろから来た兵が脇を乱暴に抱えた。
痛かった。バンブルビーと呼ばれたロボットは兵に頷き、目の前で、その体を規則正しく折りたたんでいくかのように形を変えていき、瞬きのうちにカマロになった。よく見知った車に。
そして走り去った。

「……バンブルビー……」

彼の名前を、知った。
何をどう受け止めていいのか分からないのは相変わらずで、救急隊に身体を受け止めてもらう。救助用ブランケットの硬さに包まれるのが、こんなに安堵するものなんだと頭の片隅で思いながら、行き場のない複雑になってしまった心の中をどうやって整理しようか、受け取った片方の靴を見つめて、その事ばかりを考えた。





基地には久しぶりに寄った。
何となく通路の端に座り込む。
市街地の戦闘は派手で、こんな事日常だった自分たちにとって、建物が壊れるなんてどうって事ないはずだった。それなのに今夜は、何故かとても罪悪感を感じていた。ユマが居合わせたのは、ユマの運が悪かったからだ。急に巻き込まれて可哀想な部分ももちろんあった。
だけど、あんな目をする事はないだろうに。
とても……怖がっていた。俺を。
明らかに、今までとは違う目だ。よく考えたらそりゃそうか。俺は知識のない人間達の目の前で同族を殺戮した悪者だ。
だけど俺は、助けたんだぞ。
なんで目の前の事しか人間は目に写さないんだ?あんなに多感なのに、どうしてその情緒は伝わらないんだ?
……車に徹していれば、あの優しい、眼差しのままで、いてくれたのか?
……まぁ、気にしない。
結局、こうなってた。人間って、サムみたいなやつの方が珍しいんだろうな。
……サムかぁ。
……怒ってたなぁ。

「浮かない顔だな」

顔を上げると、今はバイザーをしていない将校の姿があった。

「どうした」
「……”人間の態度に”…”深く傷ついてる”」
「ふーん」

ジャズは乱暴に、横に腰掛けた。
それで、一度ああ、と言って排気を漏らした。

「わりと何にでもいえることだが……」
「?」
「一気に間合いを詰めようとしても、どうしようもない時があるだろう」
「……」
「俺達は20年近くこの地球にいて、その中でいろいろな事を学んだ」
「……”ああ、辛い事もあった”」
「そう。いい事もな。いい関係を築くには、それなりに時間が必要だ」

時間、ね……。

「なに、内緒の話カァ?」

今度は小さいのが寄ってきた。久しぶりにウィーリーを見た。

「人間との関係は難しいって話だよ」

ジャズが小さなオートボットに話をしている姿は教師のようだ。この上司に、俺はいろいろな事を学んだなと、しみじみ思う。

「アァ、ね。だいたい人間なんてのに入れ込むとろくな事はねえんだよナァ」
「………」
「ブヨブヨで水っぽいし」
「………」
「すぐ死ぬしな」

ジャズの呆れ顔を見て、何となく、気が楽になった。だいたい、何でこんな傷ついてるんだろう。
俺自身も、そこが一番謎だ。
来週は、サムの家へ戻ってみようかな。
何だか子供のような事をしてしまった気がするな。サムと話がしたくなった。
ユマは、今、どう過ごしているんだろう。それが気になって仕方ないのに、彼女には、今は会いたくなかった。
洗車してくれた時の笑顔が、忘れられない。


2016/11/06