実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

カマロと過ごさない4.0日目

18時。悶々と考えながら仕事を終わらせ会社を飛び出す。会社を出る前に一応窓から下を確認すると、やはり目立つラリーイエローのカマロは道路を挟んだ反対車線で得意げにハザードランプをたいていた。会社から出た途端にランプが消え、なんとなく一筋縄ではいかないような、あの車特有の低いエンジン音が道路を伝って響いてくる。1週間前に比べれば陽もすっかり早仕舞いになってきたので、この時間になると肌寒く感じるが、今日は自分でも驚くほど仕事を早く片付けたせいで、さっきまで仕事に集中していた身体にはその肌寒さがとても心地よく感じられた。ゆっくりと旋回してきたカマロは、目の前でなめらかに止まった。
乗り込んだ運転席で、カーステレオを見つめる。

「……あのー、オンになってる?」
『”勿論です、ご主人様”』

話せるということに、ほっとする。
この車、あまりにも出来すぎている。これなら何処へ置いてきても必ず自分の元へ戻ってきそうだ。

「凄いね、どうやって来たの?」
『”……それは”、”悪いが企業秘密なものでね”』
「で、ですよね」

もう、考える事に半分くらい疲れてしまっていて、最早どうでもよくなりつつあるこの人工知能への興味。どうでもいいというのは、この存在への興味がなくなったわけではなくて、考えても答えが得られないと感じながら、いちいち驚いていては身がもたないと脳が理解し始めているという事だ。なんだかよくわからないけれど、すごい人工知能。この車に関することはこれだけ理解していればそれでいい。
心地よく突き抜けていく街並みには灯がぽつぽつと目立ち始め、夜を迎えている。それをただぼんやりと眺める。この運転席からの景色も慣れてきた。これが別の車なら視界はまた違うんだろうなぁと思う。

「……いつぶりだろ……」

迎えに来てもらったなんて、とぼんやり思い出す子供の頃。
守られながら生きていたというあの過去の安心感。そこから巣立ち、そんなものは必要ないと突っぱねてはみたものの、いつだって恋しく思うのは大切にされた幼い日々ばかりで。キュ、と鳴ったチューニングの音に視線を引き戻されて、この車に伝える大事な言葉を思い出した。

「……ありがとうね。迎えにきてくれて」

できるだけ心を込めてみた。たとえこの機能が心を持ち合わせていなくても、この真心が伝わればいいと、それだけを願って。

『”お役に立てて光栄”』

無機質なものに気持ちを送る信号があるのなら、知りたい。





ユマを迎えに行った翌朝。
今朝はいつもと少し違った格好で、上機嫌に「おっはよー」と言いながら、ガレージに入ってきた。だが今日も仕事のはずだが、どういうわけだか休日仕様の、所謂”余所行きの服”を着ている。ユマは運転席に座ると、カーステレオに向かって笑顔を見せた。

「黄色い車さん、昨日はありがとう」

あらたまって言われるような、そんな特別な事をしたか?そう考えているうちに、ユマはハンドルを少し撫でて、

「今日は来なくていいからね」

そう言って微笑んだ。なんでだよ。

「今夜は友達と出掛けるから、ゆっくりお休みしてていいからね」

なんだか、自分の存在をまるで認識しているような錯覚を覚えるその話しぶりに驚く。しかし本当の正体を知ったら、君はどういう顔をするんだろう。

「……聞いてるか聞いてないかわからないけど、一応。言っておくからね。じゃあ、いってきます」

丁寧にドアを閉めて、俺のロックをかけた。体の一部分が勝手にキーと連動する機能は地球に来てから随分経つので慣れた。ユマはガレージを軽やかな足取りで去っていった。
……友達、か。
ふーん。いるのか、友達。なんだ。ひとりぼっちなのかと思っていたけど、少し安堵した。独り言は多いし年若い人間の女性にしては珍しく、仕事場と家の往復ばかりだと思っていたから。
それで……、彼女が仕事に行った後というのは、……うん、暇だ。
ただ静物になりすましてぼんやりと色々な事を考える。ふと、受信したメッセージの事を思い出した。オプティマスからの通信を受けたのは早朝5時だった。回線を開き会話するのではなく、メッセージ型のもの。オートボットのリーダーからの通信は時折ある。そのどれもが歴戦の記録で、俺のように離れて過ごす仲間への細やかなメッセージが添えられていたり、オートボットの犠牲者が出た時に哀悼の意を込めたものであったり、それから直近の戦闘記録、敵のデータ……あとは、1番好きなのが、戦闘が終わった後に自分達で取り戻した穏やかな地球の風景をスクリーンショットしたもの。オプティマスが地球の写真集を出したら、きっと売れる。彼はいいカメラマンだ。
そして、今回のメッセージは、
『新たな敵軍反応───』とあった。
添えられた座標を確認してみると、わりと近い。
……わりとじゃないな。かなり近い。
そのオートボットへの一斉送信メッセージの後に、個人回線の方にもオプティマスは追伸を寄越していた。
『───バンブルビー、警戒し、気をつけろ』と。
……師は、何世紀経っても、俺を子供扱いするんだよな。
車のふりをしていた身体を、排気でもって伸ばす。身体の構造として伸びは必要ないんだけど、人間のそれを見ていたらやりたくなってやってみたことがあって、なんとも気持ちのいいものだという事を知ってから、わりと身体を動かす前に深呼吸に似せた排気を出して気合いを入れ直すようにしている。
地球に来てから覚えた事はたくさんあるが、そのどれもが俺の生涯に必要のない事ばかりで、たとえば今の伸びとかも、俺にとっては、まじないみたいな感じだ。
車としてのエンジンをかける。パトロールなんて、久しぶりだな。なんだか、わくわくしてきた。ガレージを開けると、すっかり辺りは薄暗くなっていた。ユマが友達と楽しく過ごせるように、となんとなく願って、身体を前進させた。





「ユマ、もうすぐ誕生日じゃん。なんか欲しいものある?」

スマートフォンのスケジュール画面を見ているのだろう。友人が、アルコールの入った柔らかな声でそう言った。目の前にいるバーテンダーは必要以上のお喋りをしないので居心地がいいと思っていたが、友人はその隣にいるお喋りでその場を盛り上げている活発そうな青年の方が気に入っているようで、さっきから熱視線を送っている。

「欲しいものか……、車、とか?」
「さすがにそれは買ってやれないから、お仕事頑張ってー」
「……はい」
「……ん?車、買えるみたいな事、こないだ言ってなかったっけ」
「いろいろ、あって」

やっぱり説明が面倒になってしまった。
それで、自分の中だけにしまっておきたい秘密めいたところがあるんだという事を自覚した。

「車といえばさあ、ユマが買うとか言ってたからさ」

バーテンダーにもう一杯同じのください、と笑いかけた後に、思い出したように友人が呟いた。

「私も買おうと思ってるんだよね」
「あ、そうなの?いいね」

彼女がバッグから取り出した新車のカタログを受け取る。会話をしている隅っこで、ガレージで待つカマロのことを考えていた。パラパラと捲ると、新しい車に搭載されたたくさんの機能や、こんなに優れているんですよ、というメリットが書かれてある。

「いいでしょ」

そう言ってカタログを見ている目線の中に入り込む友人の顔は上気していて、可愛い。
車、車かぁ。
車……、

「……どうにかして、買えないかな……」

思わず口をついた言葉に自分でも吃驚した。今、自分の中で考えていたことと、欲求が、ごちゃ混ぜになって出てきたような感じだった。
だけど、あのカマロは駄目だと言い聞かせる。
あれはサムの車。サムの車、サムの車……、
他に気に入る車に出会うまで、待つしかない。中古じゃなくても新車で買ってもいいんだし。

「……じゃあこのカタログ持っていく?」
「あ、ううん、買いたくない」
「あ?どっちだよ」

噛み合わない会話に友人が顔を顰める。
そう、買いたくない。
もう買いたくないのだ。
……他の車は。





薄着でいられた店内から外に出ると、急に夜風に吹かれるのがもうつらい季節になってしまったということに気がつかされる。店を出たすぐ後は全く寒さ知らずで、友人と別れてもぽかぽかとした気持ちだったのに。しばらく歩いて駅に通じる通りを歩いている時、救急車が派手な音を立てて風のように通り抜けていき、その風圧が歩道にまで届くほどで、それを感じたからか急に寒さが堪え身体がぶるりと震えた。コートの前をちぢめ、マフラーを顎まで上げた。ライムイエローだったから、レスキュー車だったのかもしれない。ライムイエローなんて、あんまり見ないなぁ、とぼんやりそう思いながら、ふと空を見上げる。繁華街の淀んだ空気は星を随分遠く見せていて、郊外の家の窓から覗くよりも霞んでいた。友人と2時間話して、自分について分かったことは、その間じゅう、うちにいる謎の黄色いカマロの事を、ずっと考えているという事だけだった。あの車を買いたいと思い始めている。その事を自覚した。サムは売ってくれるだろうか。
やけに消防車がうるさい。駅前に3台も停まっている。道反対が封鎖されている。あれ、何事だろう。駅の建物へ入ろうとして、足が止まった。
人々が我先にと、駅から外へ走っている。その奥で、真っ黒な重装備の……誰だろう、銃を持っている。彼は「急いで建物の外へ出てください」と人々を誘導していて……。
待って、これ、なんかテレビで見た事……ある、

「ディセプティコンが出現しています!早く逃げてください!この駅ではなく別のエリアへ向かっ……」

───背後で、ヒュ、というような音がした。
振り向く間もなく、生暖かい風が地面から上に吹き上げて、立っていられずに派手に転けた。
何が起きたか全くわからなくて後ろに振り向くと、何車線もある道路のど真ん中が大きく抉れていた。そして、さっきすれ違ったたくさんの人が吹き飛ばされている。

「あ……、あ…」

靴が脱げて、転倒する前の場所に転げている。取りに行きたい。だけど抉れた場所により近いので本能で行かないほうがいい気がした。でも靴がないとこの先困る。どうしよう。怖い。
ディセプティコンって、エイリアンだ、どうしよう。この街にも来るなんて思わなかった、どうしよう。立ち上がりたいのに、

「え……!?」

立ち上がれない。どうしよう、足が動かない。腰が抜けて立てない。
ヒュン、という音がまた、鳴った。
今度は何が来るのかはっきりと、一瞬で分かった。どうしよう、もう一発くるはずだ。空の方から、もう一発。思わず見上げるとすごく低い場所で戦闘機が飛んでいる。あれなの、あれが、エイリアン…、だめだ死んじゃう、そう思い必死に立ち上がろうとして、もう一度戦闘機を見た。その視界の真横から、信じられないものが入ってきた。黄色い残像だったけれど、それは、
宙に浮いた、サムの車。あれは、同じ車だ、黄色で、カマロで、それが、高速でぐしゃぐしゃになって、腰に強い衝撃が走って、遠心力と冷たい風と、視界が回った。

「───な…、」

宙に浮いたまま、”それ”と目が合う。たぶん目。アクアブルーで丸い。

「───”もう大丈夫”」

何が起きたかのほとんどを理解できないまま、離れた場所に着地したカマロはゆっくり手を離すと、

「”君は安全だ”」

そう言って一瞬でカマロに戻り、再び戦禍の中へ消えて行った。目で追うしか術がなく、歯がガチガチと音を立てて身体が大きく震えた。
彼は、人工知能ではなかったのだ。

2016/11/03