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I Need You!

いたずらカマロ

ユマが仕事へ行った。
俺はというと、ガレージ越しに、たまに通る人を見て、のんびりとその人がしている電話での会話をこっそり聞いてみたり、こっそりiTunesの曲を落としてみたり、こっそり偵察の蜂(キューお手製、めちゃくちゃ小さい。虫並み)を使ってユマの家の中を一通りぐるりと一周してみたりした。(どんな音楽を聴くのか知りたかっただけだ。クローゼットの中は漁っていない。)
太陽の傾きの速度を測定してみたり、そんなロハスな情報を同じく暇を持て余してるであろうジャズにこっそり送ってみたりして、そしたらそんな自由研究では落第するぜ、と光の速さで受信したので、やったー話し相手ができたと思って回線を開こうとしたら、交戦中だからまたな、と追伸が来た。
そんな事をしてユマを待っていたものの、まだ帰ってこない。
俺に乗って行かなかった。
てっきり通勤に使いたいのかと思っていた。だがどうやら違うらしい。俺、もう少し活躍の場を借りたいんだけどな。
サムとの賭けに勝ちたいただの意地。
まぁ、時間はたくさんあるし、すこし反則技でも使ってみようかな。





連休明けの出勤というのは、なんとなく気が重い。休んで、充分に休息をとっているはずなのに。幸い午前中、仕事のボリュームは少なかったので、早めの時間から休憩が取れた。

「……」

昼食時を免れて、まだ人が少ない。静かにラテの中で揺れる陽の光がゆらめいて、そこばかり覗き込んでいると現実から切り離される。
午前中から仕事と仕事の合間に考えているのは、ウチにいる黄色い車の事ばかり。向こう10年、これよりいい車と出会える自信がない。…だけど、たとえば買いますと言って、買えたとして。そしたら、あのサムという男はどうするんだろう?彼には要らないですと断ったし、彼も売るつもりはないだろう。

「ユマ」

ウエハースみたいな声だった。それでも物思いに耽っていたせいで肩が弾んだ。
仕事場で一番信頼の置ける同僚は背後から来たかと思うと、すぐさまショルダーバッグを乱暴にテーブルに降ろした。全部が同時に起きて、あまりに突然で軽やかで、やっと彼女の顔を見たのは、ラテの中にある陽の光が一度散乱して、また元に戻ってしまった後だった。

「もう食べちゃったの?早いな」

あっけらかんとした顔でガサガサとランチの紙袋を漁りながら、

「ずーっとカフェラテ睨んでたから、何かと思っちゃった、斜め後ろから見てたけどマジで怖いよ」

と言いながら座り、ベーグルを頬張った。

「あー…そう?うん、…美味しいなと思って見てた」

同僚はふうん、へんなのと呟きながら、体に良さそうな明るいオレンジ色の飲み物を飲んでいる。そして、何かを思い出したように明るい顔になった。

「あ、明日!お店決めたよ!」

約束していた事すらなぜか忘れていた、明日彼女と夕飯を食べに出かけるのである。失礼ながら今思い出した。もう明日にこの予定、迫ってたのか。思わず笑顔になる。予定があるというのは嬉しい。

「本当?ありがとう」
「なんか新しくできたとこ」
「へえ」
「ご飯も美味しいけど、何よりお酒が美味しいみたい。作る人も、…そこそこかっこいいって」
「そこそこ…って…」

どの程度のことをいうんだろう?

「仕事終わったらそのまま行けるよね?」
「もちろん」
「じゃ、明日は車では来ないでよね」
「あ、いや、今日も車では来てないよ」
「あれ?車買えそうとか言ってなかった?」

───君がもし、こいつを気に入れば、…うん。譲るよ。買った時の4,000でいい
…ぜったい、嘘だ。あんないい車。

「まだ…買えなさそうで」
「あーそっか…」

美味しそうにベーグルを頬張る友達に、一連の出来事を話すかどうか迷った。それで、なんとなく出来なかった。気分がなぜか落ち込んでいて、話すエネルギーがない。明日話せばいいか。

「…ん?」

なんとなく沈黙していると、友達が見当違いの方向を見つめて首を傾げている。

「…どうかした?」

友達の見ている方向へ体を捻る。

「!」

テラスから見える通りで、ひたすら、ただひたすらこちらに向けて陽気にヘッドライトを点滅させている、黄色い車がいる。仕事に行ってくるね、と今朝話しかけた車だ。

「ユマ、知り合い?」
「な、な、…」

急いでテラスを出て、無心で車の方へ走った。
なぜだか、ものすごく焦ってしまった。近づいてみると、運転席は無人である。運転席側の窓がひとりでに開いたので、思わずびっくりしたものの、とりあえず手をかけて中を覗き込んだ。どうやってここまできたのだろう。

「ちょ、ちょっと…なに、なんで?」
『”帰りの”…”足が”…”必要でしょう?”』
「なんで?どうやって…」
『”お帰りの際はぜひこちらをお使い下さい”』
「いや、でも、なんで…」

自動操縦機能なんだろうか、でもどうやって職場を調べたのだろう。…かなり怖い。
なんとなく不安になり、後ろを振り返る。友達は然程気にしていないのか、ベーグルを頬張りながら自身の携帯電話を弄っている。こちらの事など見ていない。もう一度カマロに向き直った。友達の視線を感じない分だけ、少し気持ちが落ち着いてきた。

「…まだ仕事、全然終わらないんだけど…、今休憩だから、もう少し仕事しないと」
『”では待っている”…”君が終わる時間に”…”またこの場所で”』
「待つってどうやって……」
『”迷惑か?”…”では帰る”』
「!ま、待って待って、えーと…」

なんだろう、本当にこの車、何?

「…わかった、じゃあ定時が6時だから、その位にきてくれる?」
『”御意”』

そしてそのまま走り去る、不思議なカマロをただ呆然と見つめた。
そして会話して順応してしまっている自身に一番、びっくりした。
席に戻ると、友達はすっかり食べ終えていた。

「やっぱり知り合いだったのね、なんかこっち向いてチカチカさせてたからさ、私の知り合いじゃないしなぁーって」
「……」
「ユマ?」
「……」

頭の中が、追いつかない。

「ユマ!」
「え、あ!うん、なに!?」
「…大丈夫?」
「…え?あ、大丈夫!ごめん、な、なんか突然知り合いが来たからびっくりしちゃって」
「あれ?でも…知り合いって男?女?運転席見えなかったけど」
「……」
「ユマーー」
「……」
「…変なのー」

ちょっと怖くなった。
何が怖いのか分からないけれど、何かが怖い。
あの車には、大きな秘密がある。
午後からの仕事はずっとそんな事を考えるのかなと朧げに思った。聞いてみたいことが山ほどあるのに、だんまりを決め込まれたら、何もわからないままだ。
…あの人工知能、帰りまで保ってくれたら、いいんだけどな。


2016.04.01