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I Need You!

優しさと無知の狭間で

最速、25分!である。
どスッピンで汗塗れ、洗車でドロドロの身体をシャワーで浄めて、簡単にメイクをした。靴を選ぶ余裕がない。もたもたして、あの車のおしゃべり機能がオフになったら残念だから。
…喋ってみたいのだ、あの人工知能と!(多分日本製、うん。絶対日本製!)
勢いよく玄関を飛び出して、ガレージのカマロのドアを勢いよく開け、運転席に座りもしないままエンジンをかける。

『”慌てないで” ”我々は、いつまでも、待っている”』

思わず笑顔になる。その笑顔が消えないまま、息をひとつついた。

「よかった…」

そっと座り、ドアを閉める。

『”行き先は?”』
「…あー…」

何も考えていなかった。

「ど、どこだろう…出かけられるならどこでもいいと思ってた」
『”では提案しよう!” ”私の操縦で” ”着の身着のまま” ”突っ走る!”』

なんとも素敵な提案である。

「それいいね!そうする、うん!」

笑顔でカーステに頷き、ハンドルを握る。

『”ハンドルは動かさずに” ”君は座っているだけで” ”オーケー”』

そう言うと、カマロはひとりでに走り出した。シフトレバーが動き、アクセルも踏んでいないのにペダルがゆっくりと沈み込む。仕組みが分からず、思わずあちこち見てしまう。

『”そんなに珍しいか?”』

珍しい、というよりも、

「…不思議で…ていうか、慣れなくて」
『”この世界は” ”説明できない” ”不思議でいっぱいだ”』
「うん、確かに」

会話ができる車、というのは初めての経験である。車に話しかけていたらしい幼い頃を思い出した。

「小さい時は車に話しかけたりしてたって母が言ってたけど、じっさい話せる時代が来たって事だよね…」
『……』
「あれ、黙ったね。違った?」
『”小さい時” ”君が” ”子供だった頃の話か?”』
「うん、そうそう。まぁ子供だったらものが喋れたり、人間以外の生き物と話せるって思ってたってのも不思議じゃないよね。でも本当にすごい…いい時代になったなー」

カマロはそれきり黙った。
なんとなく窓を開ける。
向かってくる風が、秋口の乾いた風。

「残暑が厳しいけど、これからどんどん涼しくなるね」

前髪を巻き上げ額にあたる、前進することで作り出された、出来立ての風の気持ちよさ。

「ずっとこの自動操縦、やってくれたら助かるんだけど」
『”甘えるなよ” ”それじゃいつまでたっても上達しないぞ”』

思わず笑う。久しぶりになんの気もなしに笑った。

「それもそうだね。うん、がんばる。よろしくお願いします」
『”素直だな”』
「それ、…」
『”ん?”』
「時々知ってる言葉とかあるけど…ラジオとか、映画の台詞で話すの?」
『”正解!”』

歓声、拍手、指笛と忙しく鳴り響く。サウンドエフェクトで急に賑やかになった車内が可笑しくて、また笑った。

「あはは!一人じゃないみたい!」
『”一人じゃないだろ”』
「あ、そうか!ごめんごめん!あはは!」
『───”やっと笑ったな!” ”君の笑顔、最高だ!”』

思わず、笑顔が止まる。かなりどきっとした。笑ったのが久しぶりだった事を車に見破られたのかと思ってびっくりしたのだ。そしてちょっと嬉しかった。笑顔、見えるのかな。

「…人心掌握術もプログラムされてるの?」
『”……”』

可愛くないな、今のは可愛くない。
確かに可愛くない。

「嘘、今のなし!ちょっとどきっとしただけ!」
『”……”』
「あ、あの、黄色い車さん?」
『”……”』
「ごめんね、うん、嬉しかった!ありがとう!」
『”……”』
「…初めて乗った時も、怒って無視したよね」

ギュル、というチューニングする音が聞こえた。なんだか、それが慌てているようだった。まるで生き物みたいだ。

「…ありがとう、持ち主でもないのに、話し相手になってくれて」
『”またいつでも”』

柔らかく浮き上がる、なんとなく嬉しい気持ち。喩えようがないから、うまく言葉にできなかった。またその気持ちをこの車に言って、理解してもらえなかったら、なんとなくがっかりしそうな気持ちになったから。
代わりに、ハンドルを優しく握ってみる。

「…運転、してもいい?」
『”ご自由に”』

不思議な車は、それから普通の車になった。運転しながら、顔に吹き付ける秋風が、うっすらと夜を感じさせる匂いに変わっている事に気がついた。







なんだか、地球にきてから一番、充実したドライブだった。洗車してくれたユマを乗せて、3時間近くも体を走らせていた。
心地よい疲労感だけが、残り香のようにガレージの中を漂っている。もうユマは自室に入り、32分前消灯し、眠りについた。
それなのに俺はというと、あのドライブの掛け合いを思い出していた。ストレージからそのまま引き出して再生させるのではなく、心で思い出す感じ。
楽しかった。
それはたぶん、彼女が車である俺を会話の中で”見てくれた”気がしたから。俺の正体は分からないにしろ、察しがついていたとしても(今の所その可能性はゼロ)、初めてゆっくり会話ができた。彼女の人となりが垣間見れたのがなぜか、嬉しかった。新しいものや人との出会いというのはやっぱり楽しいものだ。観察していると、独り言も、コロコロ変わる表情も、面白い。
…別に買われなくてもいいが(帰る場所もあるし)、ただ…
なぜか彼女の事に関しては、失敗をしたくないと強く思ってしまう。
なぜだろう。
一人暮らしにしてはきちんと整頓された年季の入ったガレージの中を見渡せば、カーケア品が並び、今日の昼間に使っていたタオルはきれいに洗って干されている。

たとえばこれが、俺をトランスフォーマーだと認識していたら、どうだっただろう。彼女が俺をそう疑わないのは、トランスフォーマーをよく知らないからだろう。
もしそうと分かれば、きっと色々とニュースやらなんやらで言われている事を鵜呑みにして近づいてこないはずだ。
何も知らなければ、誰でも誰にだって親切にできる。
知らない方が親切になれる、だなんて言葉にすると矛盾していて不思議に聞こえるが、こと俺達に関しては…間違いなくそうだと思う。
彼女は、優しい。
静物に徹していよう。

なんとなく、地球産の車が羨ましいような、喩えようがない気持ちを抱えたまま、スリープモードに切り替えた。

2015.05.28