幸せな夢を見た私


目を閉じれば思い出す。あの頃のこと。

皆まだまだ青臭いガキで、いつもしょうもないことで喧嘩ばかり。その中でも群を抜いて口喧嘩が絶えなかったのが私と晋助だったっけ。



『ちょっとそれ私の!せっかく上手に焼いたのに…メザシィィ!』
『残念だったな、お前のメザシは既に俺の腹の中だ』
『日頃から私の魚ばっかり取って…アンタどんだけカルシウム取るつもりなの。それともチビだからまだ足りないっての…?』
『オイ誰がチビだ、殺すぞ』

ご飯の度に獲られるおかずは、大体魚。どんだけ魚好きなんだよ、なんて当時は思っていたけれど、どうやらそういう訳でもなかったらしい。いつも彼の事をチビだ何だと馬鹿にしていた私(銀時だって一緒になって言ってたけど)に対する小さな報復だったと、後になってこっそり小太郎が教えてくれた。

あれ、もしかしてそれって自業自得なの?そう思えどあの頃の私はそれを簡単に受け入れられず、取られる度に晋助のことを馬鹿にしては喧嘩に発展させていた。そう、おかずの恨みは決して消えない。チビチビ、そう言えていた昔の私は奴よりも頭一つ分は身長が高かったんだ。


『もうアンタの炊くご飯マジまずいんだけど、水の量間違ってない?お粥じゃんこれ完璧お粥じゃん』
『うるせーな。だったら食うな』

ハァ、溜め息を吐いて目を逸らす。…いつからだろう。晋助がまともに私と目を合わせなくなったのは。

身長もいつの間にか抜かれて、生意気だ餓鬼だとばかり思ってた態度も風貌も気付けば"男"になっていて。昔は主に向こうから突っ掛かって来てた癖に最近じゃ、こうして溜め息を吐くばかりで全く相手にもしてくれない。今やもう、口喧嘩すらしなくなった。

私から突っ掛かっては空回り。私達を見る周りの目も自然と"ナマエの一方通行"だ。

そんなことを続けていれば嫌でも私達の間に生まれた溝は深くなっていくばかり。

『晋助、あの…いや、やっぱ何でもない』
『…そうかよ』

…晋助と、まともに話せなくなったのがいつからなのか。それすら分からなくなるほど長い間、私達は会話という会話をすることが叶わなかった。

晋助の目に自分がどう映ってるのか気になりだした。あの射すような鋭い彼の目の先に自分がいると思うと怖かった。だからいつも、目が合いそうになると逃れるように顔を逸らした。

あー…そういえば私、いつも晋助の前じゃ俯いてた。



「…あれから、何年経ったんだろ」

気付けば終わっていた戦争は私たちの惨敗。傷だらけの心と体を引きずって、みんな散り散りに離れていった。

最後に、またどこかで、なんて。

交わした軽い口約束はそれから果たされた事は一度もない。

そういえば私、結局最後まで晋助に言えなかったなあ。…いや、ていうかきっと一生言えるはずもないけどさ。

ねぇ、晋助。アンタ知らないでしょ。私さ、ずっとアンタのことが…

「…っう、」

ぐらり、揺れた視界に膝をつけば途端に苦しくなる胸。数年前に患った病気のせいでここ最近驚く程に体力が無くなった。

おまけに目も悪くなっちゃって、今じゃもう人の顔も文字も景色も、ぼんやりとそこにあるってことしか分からなくなった。

あーあ、昔は誰よりも目が良いことが自慢だったのに。

「っは、ゲホッゴホッ」

空気を吸い込んですぐ噎せ込むのにも、いい加減慣れてきた。医者が言うには、どうやら肺が弱ってるとかどうとか…でも、正直言うとさ。あんまり話聞いてないんだよね。

だって自分の寿命がもう長くないってこと…他人に言われなくったって分かるもの。

「ゲホッ!ゴホッ…ガハッ」

永遠と続くようなこの咳が辛くて、胸を押さえながら蹲れば頭上から誰かの声が聞こえてくる。上手く息が出来なくて、だけど空気を吸い込めば吸い込む程苦しくて。顔が上げられないまま胸を押さえる手の力を込めた時、くらりと意識が遠のいた。

…あ、れ?もしかして私、死ぬ?

「っし、すっけ…!」

晋助、晋助。

ねぇ、最後にアンタに…会いたかったよ。

「っおい!ナマエ!しっかりしろ!ナマエ!!」

頭のどこかで響いたその声が、どこかで聞いた事のあるものだと思う間もなく目の前が真っ暗闇に切り替わる。

…ああ、私、このまま死んじゃうのかなあ。

最後に一度でいいからみんなに…晋助に、会いたかったなあ。


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