次に目を開けた時、そこが天国なんかじゃないって事だけは分かってた。だって私はいくつもの命を奪ってきた攘夷志士で、きっとこのままこの世から消える存在で…

「…う、あ、れ?ここ、」

どこ……?

想像と、違う場所に私はいた。

重い瞼を何度か瞬かせた後、ようやくゆらりと体を起こす。確か、さっきまで私はかぶき町にいたはずだ。毎週火曜日と金曜日、定期の通院帰りに発作が起きて、それから…どうなったんだろう?

キョロキョロ、辺りを見回して首を傾げる。角っこの方に山積みにされた布団。脱ぎっぱなしの着流しが無造作に置かれた、誰かの部屋。ここが、どう考えても病院じゃないってことだけは理解出来るんだけど。

…倒れた、んだよね、私。死ぬかと思ったけど、生きてたんだよね?

どうしてだろう?体に掛けられていた、少し穴の空いた薄手のタオルケットがどこかで見たことある気がするのは。

じっと、しばらくそれを見つめてみるものの、なかなか思い出せなくて。ま、いいやとりあえずこれ畳んどこう、とタオルケットを四折りに畳んで足元に置いた時にふと感じた違和感。

「…あ、れ?」

私、目が見えてる?ぐるり、もう一度部屋の中を見渡してみる。視力は随分と落ちていたはずだ。最近じゃ近くの物を見るのも、ぼんやりとしか見えずに苦労してたのに、どうして…今は、こんなにハッキリ見えるんだろう。

細かく規則的に並んだ木目の天井の模様も、そこにある斑なシミも。まるで、昔に戻ったかのような感覚に一瞬目眩がする。どういうことだ。この目はもう、何も映すことは叶わないと思っていたのに。

そしてもう一つの違和感が私を襲う。この、開放的な気分はなんだ。体が軽いような、今にも走り出していきたいような。

ゆっくり、初めに動かしたのは掌だった。グーパーを繰り返し、それからだんだん早くする。その次は腕。ぐるぐると回旋させて、上げたり下げたり。そして最後にバタバタと足を動かして、気付く。この異変に。

いつもならほんの少し、腕や足を動かしただけで身体全体にまとわりつくような重さがのし掛かる。呼吸をするだけでチクリチクリと刺すような痛みに苦労していた胸も…どうだ。妙にドキドキとうるさい心臓に呼応して息も上がっているはずなのに、痛みなんてなくてむしろ気分が良い。

試しに浅く息を吸って、吐いて。それから何年も出来なかった深呼吸をしてみる。深く深く吸い込んで、吐く。思いきり息を吐き出したらまた吸って。…そして、気付く。この違和感の正体に。

「…夢でも、見てんのかな」

倒れたと思ったらここにいて、身体の不調は一切なし。現実感のない今の現状を表すとしたらまさしくそれだった。

もしかしたらこれは自分が見せてる都合の良い夢かもしれない。

だけど、だったら…もう少し良い夢見せてくれてもいいのに。

「目ェ覚めたか」
「っえ、」

その声と共に開いた目の前の襖。そこに現れた人を見て、納得した。

…ああ、そっか。やっぱりこれは。

「屋根から落ちて3日も目覚まさねェで…何やってんだテメーは」
「…晋、助」
「これ以上バカになりたかったのか?」

私が作り出した、都合の良い夢物語。


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