ストーカー侍


誕生日。自分がこの世に生まれた日。勿論それは誰にとっても特別な日だと思う。

だけどそれが同時に忌むべき日になり得ることもあるわけで。

「…え?何コレ?」

ドカァァアン!!聞こえた凄まじい破壊音と共に半分ほど吹っ飛んだ我が家。

まさしく開いた口が塞がらないとはこのこと。

…待ってよ。え?本当に何コレ?

「あー、この家の住人ですかィ?すいやせん、吹っ飛ばすつもりは無かったんですがねィ。この家の向こう側の裏道に攘夷浪士の桂小太郎が入ってったって情報得たもんで…」

いやいやいや。何?この家の向こう側の裏道って…私ん家全然関係ねーじゃんかよォォオ!

家の修繕費と慰謝料についてはまた後日…とかほざく目の前の栗色頭に私の思考はついていくはずもない。

呆然とする私を置いて喋るだけ喋ってからそれじゃ、と早々退却していった何人もの黒い集団。

いや、マジで待ってください。これで放置ってちょっと…私これからどこで生活すんの?家が治るまでどこで…え?もしかして野宿とか言わないよね?

何て日だ。いや、本当に何て日だ。

ポトリ、肩に掛けていた鞄が地に落ちた。

「…なんなの、桂小太郎って誰なのよぉ」
「ちょっとちょっと。アンタ飲み過ぎだよ」

家無し、宛て無し、金無し。

そんな私が泣きついたのはここ数年来の付き合いの幾松さん。家は修理に最低でも1ヶ月は掛かると言われて、ヤケ酒気味にこの店へと足を運んだのだ。

彼女が一人で切り盛りしているラーメン屋のカウンターに突っ伏して何杯目か分からない酒を煽る。

そりゃ、飲み過ぎたくもなるってーの。

…だって、今日は私の誕生日なのに。

半分泣きながら目の前に置かれた一升瓶の中身をコップに注いでいるとコトリ、と目の前に置かれた温かいおつまみ。

見上げれば困ったように笑う彼女が私にコップを差し出して。

「私にも祝わせてよ」

アンタの誕生日。そう言われた途端、何だか自棄になってた自分が恥ずかしくなった。

えへへ、と照れ笑いをしながら彼女のコップにもお酒を注ぐ。カチン、とコップ同士を打ち合わせたら。

「おめでとう、ナマエ」
「ありがとぉ、幾松っちゃん」

カンパーイ、と一気に酒を煽った所でグラグラ。私の意識はフェードアウト。どうやら思っていた以上に飲み過ぎたらしい。

遠くで、だから飲み過ぎだって言ったのに…と幾松さんの声。…いいじゃない。だって今日は私の誕生日だよ?私にとっちゃ年に一回、特別な日だよ?嫌なこと全部忘れて良い思いしたっていいじゃんか。

…今日は本当、ろくな事なかったもん。ふわぁ、それにしても眠たいなぁ。

―…い、おい。どうした、大丈夫か?

何よ。誰?ていうか揺らさないでくんない?飲み過ぎて頭痛いのよ。

「どうした?具合でも悪いのか?おい。お…ちょ、何だ?ちょっ待て!嫁入り前の女子がそんなふしだらな…すまない幾松殿。どうしたらいいだろうか」
「…しっかり抱き止めといてよく言うよ。ていうか、いい加減その子のストーカー止めたらどうだい?今日からしばらくアンタのせいで家無き子らしいよ」
「何?家無き子だと?同情するなら金をくれ、だと?…相分かった。それならばこの桂小太郎こと愛のハンターである俺が全責任を取ろう」
「私の話ちゃんと聞いてた?」

…何?幾松さんの知り合い?ていうか、ストーカー?それよりも、桂小太郎って名前…あれ?どこで聞いたんだっけ?

ゆるり、重い瞼を開ければ目の前に端正な顔。イマイチ状況が掴めなくてボーッとする頭でその顔を見つめていたら、目が覚めたか?と声を掛けられて。

知りもしない相手なのに何故かコクン、と頷いて見せた私に目の前の彼はそうか、と目を細めて笑う。長い黒髪に知的な瞳。それから男の人にしては細くて綺麗な指先に優しく頭を撫でられれば。

…堕ちないハズがないでしょう。

「わ、私、ナマエっていいます」
「ああ、知っている。俺は、桂小太郎だ」
「桂、さん…?」
「小太郎と呼んでくれ」

小太郎、さん。そう呼べばカウンターの中から、え?何この甘い雰囲気?何で?おかしいんじゃないの?と幾松さんの声がする。けれど私達の世界にその声は届かない。

「どうして、私の名前を?」

どこかでお会いしたことありましたか?と見つめ合いながら言葉にすれば、前に一度…いや何度も、と返ってくる。

だけど私はいくら頭を捻ってもそんな記憶がないわけで。

「…ごめんなさい、私」
「いや、いい。それも致し方ないことだ」

俺が一方的に見てただけだからな、と。しれっと言われたその言葉に心臓がこれでもか、と飛び跳ねる。え?それって、どういう…?上手く回らない頭で目の前の彼の顔を見つめていればまた、あの柔らかい笑みを見せられて。

「…ずっと、見ていた。ナマエの事を」
「!小太郎、さん」
「雨の日も台風の日も、勿論晴れの日も。ああ、真夏なんかは熱中症になりかけながらも…ずっと、ずっとお主の事だけを見ていた」
「っ小太郎さん…!」

常にお主の近くでスタンバってたんだ、と。そんな笑顔で言われたら薄々感付いていた事も確信に変わって、もう…こう言うしかないじゃないか。

「こんのストーカーがァァア!!」

バキィ!ぶべらっ!素敵な音を奏でて地に沈んだ目の前のストーカー野郎を見下ろして、一昨日来やがれクソ男!と罵声を浴びせる。

すると、いや待て!誤解だから!それ誤解だから!と今更すぎる言い訳をしだして。

「何が誤解よ!どう考えたってストーカーだろうが!」

台風やら真夏やら。今年に入ってまだ一度も来てないんだけど。なんなの?いつから?いつからストーカーしてんのこの人?なんか怖いんだけど。普通に接近してきてる所が凄く怖いんだけど!?

お巡りさーん!ここに犯罪者がいます!そう叫んだ私に、ま、待て!落ち着け!話せば分かる!だなんて、ありきたりすぎる返しをしたかと思えば、俺は犯罪者じゃない!愛のハンターだ!なんてほざき出して。

挙げ句の果てには。

「今日はお主の誕生日を祝いに来たんだ!ほらここに!プレゼントも用意してだな!」
「…どうして私の誕生日を知ってるのか、っていう疑問にはこの際目を瞑るとするわ。で?プレゼントって何?なんか自分の事指差してるけど、まさかアンタだなんて言わないよね?プレゼントはわ・た・し、なんて…そんなの」
「ぴ、ピンポーン…」

次の瞬間、ブチッと何かが弾ける音がして。今時古いんだよォ!死にさらせストーカァァア!と、顔面目掛けて繰り出した飛び蹴りによって奴は吹っ飛んでいった。

アイツのせいで我が家が半壊したというのを知るのはもう少し後の事。

(…幾松さん。私、真選組に入ってあの男捕まえる事にする。)


6月26日 桂小太郎
happybirthday!!


end

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