その2


我が家が半壊してから1ヶ月。

ようやく修繕が終わったとの事で嬉々として家の門をくぐったのは記憶に新しい。

ピカピカの我が家。新しい匂いのするリビングに大の字で寝ていた時だ。

上から聞こえた、おかえりの声に疑問を抱いたのは。

見上げた先に、平然とした顔で佇むいつぞやのストーカー。いつから居たのか、なんて愚問だろう。きっと、ずっとスタンバってました。とか何とか言うに決まってる。

「…おかしな事聞いてもいい?」
「あぁ、そういうの大好きだ」
「死ね!ハンスぅぅう!!」
「ハンスじゃない!桂ぐふぅっ!」

ほぼ無意識の内に繰り出した本気のグーパン。彼はそれを顔で受け止めると例の如く吹っ飛んでいく。

捩じ込まれた拳は地味に効いたのか、おうおうと顔を覆いながら何とも言えない声を漏らして。

けれどしばらくして、何するんだ、アナ…!と何気にノッてくる辺り、そんなに効いてないのかもしれないけれど。

「で?本当に何してるの?ていうかどうやって入ったの?鍵は私しか持っていないはずだけど?」
「うむ。実はな、ここの大家が昔からの知り合いでな。よく匿ってもらってたんだが、最近真選組がウロチョロしているとかで匿うのが難しいと…」
「いやいやちょっと待って。え?今それ関係ある?何で私より先に入ってんのかって聞いてんだけど」
「それで、だ。追い出すのも可哀想だし、と慈悲をくれてな」
「…誰か〜!通訳呼んできて〜!」

話が読めない。全く読めない。いい加減、その大家さんのくだりいいから。早く本題入って。イライラするからお願い。

「だから、アレだ。しばらく居候させてくれないか」
「…ハァ!?」

居候!?よりにもよって自分のストーカーを!?いやいやいや、有り得ないから。普通に考えて有り得ないから。

「絶ッ対!嫌!有り得ない!死ね!出てけッ!」
「まぁまぁそう言わずに」
「嫌なもんは嫌ッ!アンタと住むくらいならいつも一緒にいるあの真っ白お化けと一緒に住んだ方が何百倍もマシよッ!」
「…そんなに、俺が嫌か?」
「嫌に決まってんでしょーが!」

そこまで言ってハッとした。いつもは何を言っても飄々としている目の前の男が、そうか…と目に見えて落ち込み出したから。

そんなに、嫌か…と目尻を下げて笑うその姿を見て何かが胸に刺さるのはどうしてなのか。

嫌に、決まってる。決まってるけど…そんなに傷付いた顔しないでよ。そんな顔で笑わないでよ。

「…あの、ごめん。私ちょっと言い過ぎた、よね。謝ります。でも、一緒に住むっていうのはその、やっぱり異性だし…どうかと思うんだよねぇ」

犯罪者云々の前に、異性同士一緒に住むっていうのはやっぱりちょっと気が引ける。

一応私も嫁入り前であるし、間違いはないとは思うけど…その、ねぇ?と。思っている事を伝えるべく口を開けば。

「…俺の事が、嫌いか?」
「え、いや…その」
「どう、なんだ。嫌いなのか?」

その整った顔を辛そうに歪めて。縋るような目で私を見つめるから。柄にもなくドキリ、としてしまう。

…これは桂よ!指名手配犯であり、ストーカーよ!何ドキドキしてんの私!目を覚ませ!覚ますのよォ!

「なぁ、ナマエ…答えてくれないか」

や、やめてぇぇえ!そんな切な気な顔で私を見ないで!吐息混じりに名前を呼ばないでよォォオ!

グラグラ。違う意味で揺れる目の前に涙が溢れてしまいそう。それでも今も尚、切な気に私の目を見つめる桂を見れば言う言葉なんて限られていて。

「あ、う…嫌い、じゃ」
「嫌いじゃ…?」
「嫌い、じゃ…なっあ!」

ぐい、引かれた腕に何とも容易く崩れた体のバランス。そして、次の瞬間。思っていた以上にしっかりとした体に包まれれば元々限界気味だった私の思考回路なんてショートどころか大爆発しちゃって。

「…ちょ、なっ!え?なっ!?」
「すまない。もう、限界だ」
「う、わっ!え?あ、え?」
「…ナマエ、お主は本当に可愛いな」
「ぎゃ、ぎゃぁぁあ!」

もう何をされても言われても。私はひたすらパニックで。ジタバタ、ただ彼の腕の中で腕を動かす事しか出来なくて。

そんな時、まぁ落ち着けと私の頭に彼の唇が当たる。…感触なんてよく分からない。けれど、

「や、やめてよ変態ィィイ!」
「うごっ!」

どこからか駆け登ってくるのは無駄に顔に集まる高い熱と羞恥のみ。その勢いに任せて奴の顔目掛けて頭突きを食らわせれば、鼻血を出しながらも…フ、顔が真っ赤だぞと笑われて。

「まままま真っ赤じゃないもん!バカ!ストーカーバカ!ヅラ!ハゲッ!」
「ハゲじゃあない!ヅラだ!あ、間違った桂だ!」
「うるさい!どっちでもいいわ!やっぱ死ね!」
「どして!?」

嫌いなの!嫌いなはずなの!なのに、どうしてこんなにドキドキしてるの?あの切な気に歪んだ顔も、笑った顔も、頭から離れていかないの。耳元で囁かれた声も、髪の毛に寄せられた唇の温もりも。

全部全部、焼き付いて離れない。

(このドキドキは別に、そんなんじゃないからね!)

end

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