mononoke2 | ナノ
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薬売りがふと時計を見れば、長針も短針も天辺へと近付いていた。昼ではなく今は夜。今この場に居るのは薬売りだけ。ひとつ溜め息を吐き、玄関へ向かうと丁度扉が開き夢香が飛び込んできた。それはもう、よろめき倒れるように。夢香の体を抱くように支えた薬売りは、異変に気付き眉を潜めた。


「呑んで、いますね」
「ん?よく分かったねえ薬売りさん!今日先輩の送別会があってさぁ」


ほんのり上気した顔で薬売りを見上げた夢香は、機嫌の良い笑みを顔全体で表現していた。この状態で気付かない方がおかしいくらいだ。


「とりあえず、中へ」
「うーん、やっぱ薬売りさん良い香り!」


支えられたことで密着した薬売りの胸元に、夢香は躊躇いなく顔を埋める。


「夢香さん……、襲いますよ」
「はい!どーぞー」


危機感を感じてもらおうと薬売りが選んだ言葉は、見事酔っ払いに負けてしまう。
満面の笑みで許しの言葉を得てしまい、深い溜息を吐いた。


「……そんなんじゃあ、襲う気にも、なりませんよ」
「うわ!超失礼!やっぱ最高!」


何が最高なのか、けらけらと笑う夢香を見て心の中で頭を抱える。こんな状態では明日、今の記憶は飛んでいることだろう。


「酒はほろ酔い、花は半開き」
「え、何?」
「要するに、酒はほどほどに‥ですよ」
「わーかってるって!」
「…………」


酒はほどほどに呑んだくらいが気分良くなれるもの。これでは明日に疲れを残してしまう。それに女性というのはほろ酔い具合が色香が出るというもので、豪快に笑うようになってしまっては、色も何も無い。だが、


「危険、だ」


普段から無防備と思えるのに、酒を呑むとその度合いが増してしまう。これが自分だから良いようなものの、最近周りをうろついている翼という男が目の前に居ようものなら、簡単に理性の箍を外してしまったことだろう。薬売りは再び小さく息を吐くと、上機嫌な夢香を米俵のように抱え上げ、寝室に運ぼうとする。


「あー!待ってまって、お風呂入るから」
「……駄目、です。翌朝にしなさい」
「イヤ。汗かいたうえにタバコ臭いし、すっきりしないと寝れないもん」
「今、風呂に入ると危険、ですから」
「大丈夫だって!いっつもそんな感じで大丈夫だもん」


手足をばたつかせた夢香は、薬売りの腕から無理やり逃れ、浴室へと向かう。
浴室の扉を閉める前に顔をひょっこりと覗かせ、一言。


「覗いちゃ駄目だよ〜!」


酔っ払いに付き合うのには骨が折れる。薬売りは「はい、はい」と適当な返事を返し、ソファへと身を沈めた。
若いとはいえ、酔ってからの入浴は血行が良くなりすぎ危険を伴う。脳の血流が減少すれば、脳貧血を起こし転倒の可能性もあるのだ。
覗くなと言われたが、放っておいて死なれでもしたら寝覚めが悪いにも程があるため、暫くしたら扉越しに声を掛けてみることにする。
何度目かの溜息とともに、荷の整理でもしておこうと傍らの箪笥に手を伸ばした。

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