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夢香の家の前で、薬売りはふと足を止めた。扉の横にある柵付きの磨りガラス窓から、やんわりとした暖かい光が漏れる。それだけで心が安らぐのは、待っているものがいるからか。呼び鈴を鳴らせば、直ぐに夢香は扉を開けた。
「おかえりなさい!」
「ただいま、戻りました」
室内へと入った薬売りは、台の上にネコミミが置いてあるのに気付いた。
「実希さんの、忘れ物が」
「ああ、それさっきメールしたら、いらないからあげるって。薬売りさん、また付けてもいいんだよ」
にこにこというよりは、にやにや笑顔を向けてくる夢香に、薬売りはひとつ溜息を付いてソファへと身を委ねる。もう付ける気など無いと言わんばかりの仕草に、夢香は、ちぇーと目に見えてがっかりした様子になる。
薬売りはネコミミの何がそんなに良いのか、と思いながらそれに手を伸ばした。三角の耳。ねこ自体は可愛いと言えるが、だからといって三角の耳が可愛い、に繋がることは無い。
薬売りは立ち上がり、背を向けて掃除をしていた夢香の頭へ、ネコミミを嵌めた。
「え。何?」
「なる‥ほど」
振り返った夢香を見て、薬売りは頷いた。
ネコミミをした人間、これが可愛いのだ。三角でふわふわした耳の効果に、薬売りは納得した。
「よし、よし」
「……っ!」
薬売りが頭をなで、ネコミミを付けられたことが分かった夢香は、ぼっと顔を赤くした。
「もう!やめてよ…!」
「先程、夢香さんも、私にしたじゃありませんか」
「う……」
「私は、こちらの方が、良い」
「私はさっきの方がよかった!」
頭を優しく撫でていた薬売りが、手を下ろしていく。てっきり撫でるのをやめるのかと思えば、夢香の喉元を撫でた。
「おや……。気持ちよく、無いですか。ねこは、ここが‥好きなのだが」
ぼっと更に顔を赤くさせた夢香は、わなわなと震え素早くネコミミを取った。
「もう!さっきのことは謝るから!ねこ扱いしすぎ!」
触れられたところが熱い。モノノ怪の最終回の化け猫の回を観た時、夢香は薬売りに撫でられるねこが羨ましいとさえ思ったこともあったが、実際やられてみてはとてもいたたまれなかった。自分がねこでは無いからだろう。
しかしねこみみを外してしまった理由は、もうひとつ。
ふざけているはずの薬売りだが、頭を撫でながら向けていた眼差しは、全てを包み込んでくるようにとても優しく。
それを直視すると、何故か涙が出そうになったから。
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10.12.19 tokika