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気付け薬の準備をしておいた方が良いかもしれない、そう思い箪笥の中身を整理しながら漁る。
――ことり
薬売りが気付け薬の入った瓶を置き、目を閉じた。静か過ぎる気配に異変を感じ、浴室の前まで行く。
「夢香さん」
返事が返ってこない。しかし聞こえの良い耳には、ぶくぶくと水の音が鮮明に届いた。
「開けますよ」
この声は本人には届かないと分かっていながらも告げ、近くのバスタオルを手に浴室の扉を開けた。湯船に頭まで浸かっていた夢香の身を抱え上げ、タオルで身体を隠すように被せ浴室を出る。
カーペットが敷かれた床に寝かせ、即座に状況を確認すれば、心臓は動いているが呼吸が止まっている状態。顎を支え上げ軌道を確保し、自らの口で塞ぎ息を吹き込む。するとすぐに咳き込み、水を吐き出した。
咳き込み身をよじる夢香の背を撫でてやり、落ち着いた夢香が朦朧としながら薬売りを見た。
「あ……れ?」
「大丈夫か」
「うん、えっと、なんか……くらくらする」
意識が戻った夢香を見て、薬売りがやっと目元を緩めた。
「すぐに寝たほうが、良い。着る物を、持ってきます。よく身体を、拭いていてください」
「う、ん……えっ!?」
がばりと起き上がった夢香だったが、再び意識が朦朧とし、後ろに倒れそうになるところを薬売りが支える。
「急に起き上がっては、いけません」
「でも、私…!」
タオルを慌てて身に掻き寄せ、顔を真っ赤に熟れさせる。鼓動が早くなり、気が動転する夢香を落ち着かせるため、薬売りは顔を背ける。
「寝巻きをすぐに用意します、手を離しても、良いだろうか」
「……っ、うん」
「拭き終わったら、呼んでください」
肩に直接感じた手の温もりが離れ、夢香は複雑な心情のまま慌ててタオルで身体の水分を拭っていく。拭き終わったらタオルで身を包み、洗面所にいる薬売りを呼べば、用意していた着替えをまとめ渡される。
「……ごめんなさい、ありがとう」
「いえ、髪を乾かさなければ、寝られませんね。どらいやーと、いったか。アレは‥どこに」
「ドライヤーなら私の部屋にあるから、大丈夫」
「ならば、着替え終えたら‥また、呼んでください」
「うん」
洗面所に再び戻った薬売りを見て、ほっと息を吐く。気遣ってくれる薬売りに感謝しながら落ち着きを取り戻し、夢香は身なりを整えた。再び薬売りを呼べば、立ち上がるのが難しいことを察し、横抱きすると隣の部屋のベッドの上へ運んでくれる。
「ありがとう、何から何まで」
「……そう、思うのであれば、次回から酒は‥ほどほどに」
「……はい」
まだ酔いが相当回っているが、限度をわきまえなかったことを理解しながら反省し、夢香は肩を落とした。すると突然温風が当たり、濡れた髪を散らす。
「薬売りさんっ?」
いつのまにかドライヤーを向けられていることに目をしばたかせれば、薬売りは口角を上げた。
「順応力には、自信があります、ので。
とはいえ、じっとしていてください。慣れてはいないので。火傷します‥よ」
「……うん」
温風のせいとは言えない、頬が熱くなる感じに夢香は大人しく前を向き身を委ねた。髪を丁寧に指で梳かれながら乾かされる感じに、ぎこちなさを覚えながらも、美容院で他人に乾かされる時とは違う感覚。胸がほっこりする感じに夢香はまどろんでいく。ずっとこの時間が続けばいいのに、と思う程に。
しかし髪は、自分で乾かすときよりもずっと早く乾き、ドライヤーを止めた薬売りは腰を下ろしていたベッドから立ち上がった。
「ゆっくり、休むといい。明日の勤めは休み、でしたね」
「うん……。ねえ、薬売りさん」
引き止めるように薬売りの袖を掴む。