mononoke2 | ナノ
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「ねぇ、昨日何かあった?」


仕事の終了時刻。隣で私服に着替えていた実希が不意に夢香に尋ねた。思い当たる節が無かった夢香は首を傾げる。


「何かって、何で?」
「いやさぁ、今朝たまたま翼に会ったんだけど、なんか元気無かったっていうか。もしかして誘いか何か断ったのかなって」


昨日といえば、雨が降っていて薬売りが傘を持って迎えに来てくれた。それが印象的だったが、よくよく思い出してみると、自分が彼に対して失礼な対応をしていたことを思い出す。確か彼は「この後一緒に……」という言葉を口にしていた。それは紛れもなく何かの誘いの言葉。いくらその時慌てていたとはいえ、聞き直す事なく薬売りと帰ってしまったのはいけなかった。


「ああっごめん!昨日雨なのに傘忘れたから迎えが来て、翼くん置いてさっさと帰っちゃったんだ…!」


青くなる夢香に、やっぱり夢香絡みでか、と納得しながら実希が相づちを打つ。しかしそれだけで翼が今日まで感情を引きずるだろうか。そう思っていると、はっと夢香が言った言葉の違和感に気付いた。


「迎えが来たって、一体誰が?」


一人暮らしなのに、傘を忘れたからと迎えに来る人は居ないはずだ。すると不自然に固まった夢香。実希はその様子を見て、何か裏がある、と確信した。この数日で夢香の態度に不自然な点が見えるようになった。親友の自分に隠し事なんて許せるはずもなく、だからといって此処で問いただしても濁されるだけだろう。


「ま、いいや。あたし今日用事あるから先に帰るね〜」


手を振った実希は夢香を残して裏口から出て行く。しかし道路には向かわずにゴミ置き場の影に隠れた。その直後に裏口から夢香が出てくる。影からその様子を伺い、実希はにやりと口元を歪めた。


「絶対証拠を掴んでやるんだから」


まさか最近飼い始めた猫が迎えに来た、というオチでは無いだろう。それならきっと夢香は喜びながら話してくれるはずだ。
確固たる証拠を見つけ、何もかも正直に話してもらわなければ気が済まない。尾行することを決意した実希は距離を開けて後ろを着いていった。しかし角を曲がろうとしたところで夢香が立ち止まっていることに気付いて慌てて隠れ直す。どうやら夢香は20代ぐらいの女性と話をしているようだった。何を話しているのかまでは分からなかったが、女性が持っていた傘が夢香へと渡される。


(どういうこと?)


女性が笑顔で頭を下げていることから考えれば、夢香が傘を貸していたのだろう。しかし昨日は傘を忘れたと言っていた。迎えに来たという誰かは、夢香の傘を持って来て、夢香はそれを目の前の女性に貸したのだろうか。それが出来たということは迎えに来た人は車だったか、ふたつ傘を持っていたのか。
もんもんと考えていると、女性と別れて夢香が歩いていく。付いて行けば分かるか、と一旦考えるのはやめて後を追った。


何処か確信を得られるような場所へと行くかと思えば、夢香はあっさり家へと帰り着いた。実希はがっかりしながらも壁の影に隠れ、扉の前に立った夢香を伺う。すると一人暮らしであるはずの夢香はインターフォンを鳴らし、触れてもいない扉が勝手に開いたため驚いて目を見開いた。
誰かが中にいるということになる。開いたドアに遮られてしまって誰がドアを開けたのかまでは分からなかったが、確実に男だろう。夢香のはにかんだような笑顔を見て確信した。


(まさか……同棲中!?)


これまで男の気配も感じられなかった夢香。言ってくれれば良いのに、と思うが翼のことを押し付けてしまったから言えなくなってしまったのだろうか。しかし夢香の傘を持って来たということはずっとこの部屋にいるのだろうか。


(まさかヒモ!ダメ男に引っかかっちゃったの!?)


焦りながら頭を振って、これまでの事を整理しようとまた考える。態度に違和感を感じたのは本当にここ最近のことだ。それはねこを拾ったといったところから。つまり……。


(夢香が言うねこは、実はねこじゃなくて、男?)


まさか『彼はペット』とかいう類いのものなのだろうか。そう思ってヒィと息を吸い込んで顔を赤らめる。知らない間に夢香はなんて大胆になったことだろう。そして改めて笑みを顔に浮かべた。


「そっちがその気なら、あたしだってそのつもりで行くもんね」


小さく呟いた実希はアパートの階段を駆け下りた。

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