mononoke2 | ナノ
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帰り支度を済ませた夢香は薬売りが持ってきてくれた傘を差し、薬売りも和柄が鮮やかな番傘を差して歩きはじめた。道幅がそこまで広くないため、自然と夢香が先を歩き、薬売りがその後を付いて行く。
会話も無いまま書店の正面まで来たところで、夢香がはた、と立ち止まった。視線の先には20代と思える女性。彼女の顔に夢香は見覚えがあった。よく此処で料理の本を買っている、笑顔が素敵な人だった。
そんな彼女が書店の出入り口のところで、困りきった表情を浮かべて電話をしている。雨音に混じってその声がこちらまで聞こえてきた。


「ごめん、傘盗まれたみたいで。書店まで来たんだけど……うん、遅れると思う」


どうやら書店で時間を潰している間に傘立てに置いた傘を盗まれてしまったらしい。この後大切な待ち合わせの予定があったのだろうか。電話を切り、溜息をついたところへすぐさま夢香は駆け寄った。


「あの!よければこの傘、使ってください」


きょとんとした女性は夢香の顔を見て、あっと反応する。レジの人だと分かったらしい。


「え、ですけど。貴女の傘ですよね……帰れなくなるんじゃ」


遠慮する女性に、尚も夢香は「大丈夫ですから」と傘を差し出す。その様子を見かねて、薬売りはふたりのもとへ歩む。そして夢香の身がすっぽり番傘に収まるよう傍へと近寄った。
いきなり目の前に現れた美しくも妖しい雰囲気を纏う人物に、女性は思わず頬を桜色に染める。


「お気になさらず。この方は、私と一緒、ですので」
「あ……。じゃあ、お言葉に甘えても……」


申し訳なさそうに女性がはにかみ夢香を見る。夢香は喜んで、と言わんばかりに彼女の手に傘を差し出した。


「ありがとうございます。明日、お返ししますので」
「ああ、そんな、いつでもいいですよ。また此処に寄られた時に渡していただければ」
「ふふ、明日も此処に来る予定だったので」
「じゃあ、明日受け取らせていただきます」


お互い笑い合い、急いでいるであろう彼女を引き止めすぎないよう夢香は「お気をつけて」と声をかけた。彼女は夢香と薬売りを交互に見てまた一礼し、強い雨の中へと出て行った。それを見送った夢香は薬売りを見上げる。


「ごめんなさい、傘、持ってきてくれたのに」
「いえ、いえ。こちらの方が、会話もしやすい‥と、いうもので」


番傘は大きいが、ふたりで入ればやはり狭くなる。
この距離で薬売りの落ち着いた声音は体の芯まで響くようだ。しかもその内容は、自分と会話できることを喜んでいると思えるもの。嬉しさのあまり体中の熱が昇った夢香は思わず不自然に顔を逸らした。分かりやすい程に夢香は感情が顔に出るのだ。その様子に、可愛さと言って良いのか、薬売りは確実に興味を惹かれ始めていた。
酷いことを言えば、からかうのが面白いといえるのだが。今は単純に彼女の照れた様子を、茶化すことなく穏やかに眺めたかった。


「帰り、ますか」
「……うん」


今日は本当に酷い雨だ。歩き始めれば直ぐに足元は跳ね返った泥でぐちゃぐちゃになった。
しかし決して上半身は雨に濡れないよう、薬売りは傘を夢香に傾ける。よって少しでも距離が開くと薬売りの肩を塗らしてしまうのだ。気付いた夢香は遠慮しながらも、薬売りに身を寄せた。温かい体温が、触れ合った箇所を通して伝わってくる。


相合傘という名の作られた空間。
近い距離で会話ができる、ということだったが、自宅へ着くまで無言のまま、しかし心地よく思える不思議な感覚を共有した。


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10.03.16 tokika

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