mononoke2 | ナノ
09
36 / 37

深夜、ふと夢香は目が覚めた。薬売りと想いが通じ、嬉しくて幸せなはずなのに、今まで以上に襲われる不安からだった。


(薬売りさん、もうじきいなくなっちゃうんだよね……)


せっかく想い合えたのに、終わりがすぐそこに見えているという現実。
薬売りさんと出逢えただけで幸せ、一時でも一緒に生活することができただけで、これほど無い幸せだったはずなのに、薬売りの気持ちが自分に向いてくれたと分かった途端、もっと一緒にいたい、と更なる願望が込み上げる。


(欲張りだな、私)


どうしても寝付けないため、水でも飲もうと部屋を出た。
薬売りは浴衣姿でソファで眠っている。大きいソファだったため薬売りも寝苦しくないらしく、結局このスタイルが根付いてしまった。ちらりと横目に存在を確認する。カーテンは閉めていないため、暗闇の中に柔らかな月明かりが差し込んでいた。薬売りの表情は逆光で見えない。


月明かりを頼りにそろりと流し台まで行き、水を飲む。冷たい水が更なる目覚めを誘うが、未だに晴れない気持ちは水に流され軽くなった気がした。
そういえば、薬売りの寝顔をまだ見た事がない。気付いてしまえば見ておきたいと思うもので、起こさないように慎重な足取りでソファへと近付いた。


そっと覗き込めば、寝顔は作り込まれた人形という印象を受けた。整った顔をしているからだろうか。息を呑む美しさとはこのことだろう、とひとりで納得する。


(まつげ長いなぁ)


閉じた瞼で初めて気付く。寝顔もこれだけ綺麗だなんてずるいじゃないか、と内心ドキドキしながら悪態をつく。二度と開かないようにも思える美しい目元だったが、不意にパチリと目が合った。


「夜這いとは……関心しませんね」
「――っ!!」


いつから起きていたのだろう。驚きのあまり一瞬声を失ったが、薬売りの言葉に一気に熱が上り声を荒げる。


「違うから!ちょっと眠れなかったから起きただけ!……薬売りさんの寝顔を盗み見たのは事実……だけど」


ばつが悪いため声が小さくなっていく。その様子を見て薬売りは小さく笑み、ソファから起き上がった。


「今宵は、月が綺麗だ。……眠れないのなら、少し外へ、行かないか」


薬売りの申し出に夢香は素直に頷いた。
寝間着の格好のままサンダルを履き、薬売りもまた無造作に束ねた髪と浴衣姿で外へ向かう。今までにない状況で、夢香は自分の胸が高鳴っている事に気付く。
街灯の少ない地区ということが幸いして、見上げた夜空は星が広がり美しく見えた。


「綺麗。最近夜空なんて見てなかったから、なんか新鮮かも」


そう言って夢香は並んで歩く薬売りに視線を移した。薬売りもまた夜空を見上げ目を細めた。夜空を眺めているというより、もっと遠くを見ているような視線のよう。そして気付いた。薬売りの口元にいつものベニがさされていないことに。
先ほどまで眠っていたからだろう。風呂上がりの直後もベニは無くなる。だが少しの間だったため、新鮮という印象しか無かった。まじまじと薬売りを見て気付く。普段あまり薬売りは微笑んではいないのかもしれない、と。


(口紅のせいでいつも笑ってるように見えてたんだ……)


今の薬売りの口元は決して笑っていない。薬売りが目を細めればいつも微笑んで見えるのに、今は物思いにふけているかのよう。


(薬売りさんって、考え事したら目が細くなるのかな)


「何か……」


視線を感じた薬売りが、夢香を見つめる。


「ううん、なんでもない。これからもこんな風に、薬売りさんとの生活が続けばいいのにな……って思っただけ」
「そう……ですね」


同意の言葉。嬉しいのに、切ない。続かないという事実が分かっているし、薬売りは今の望みを聞いても、このまま離れない方法を提案してはくれない。


(薬売りさんとの距離は縮まったはずなのに……なんでだろ。凄く遠くなったみたい)


「手を、握っても……良いだろうか」


薬売りの突然の言葉に、こくりと頷く。こちらの心の不安が透けて見えているのだろうか。距離を縮めるように、薬売りは夢香の手を柔らかく握る。


「薬売りさんの手、ひんやりしてて気持ちいいね」
「夢香は、温かい」


(そういえば……)


薬売りが名を呼ぶ時に、敬称を付けなくなったことにも気付く。明らかな変化は体温を更に上昇させた。落ち着かせようと再び夜空を眺めると、丁度流れ星が目の前を流れる。


「あっ!今の見た!?」
「いえ」
「あー、残念。今流れ星流れたんだよ」


肩を落とす夢香を見て、薬売りは微笑んだ。


「願い事は、言えたので?」
「そうだ…!願い事言うんだったね…!すっかりその仕組み忘れてたー!よし、次見つけて願うんだから」


そう言うなり立ち止まり、必死に夜空を睨みつける。そんな夢香に釣られ、薬売りも見上げる。


「そう簡単には流れないよね……」


首が痛くなってきて夢香が下を向けば、薬売りが「おや」と声を発する。


「え!なに?」
「今、流れたの、だが……」
「えー!そんなぁ。……薬売りさん、願い事できた?」
「一瞬のことで……反応することしか」
「だよねー、あの早さは無理!」


笑ってもう一度夜空を見上げる。


(願いを叶えるには、自分でなんとかしないとだよね、やっぱ)


「ありがと、薬売りさん。良い気分転換になった」
「眠れそう、ですか」
「うん、大丈夫」


では帰りましょう、と薬売りが踵を返す。引かれる手の温度は二人のものが合わさり、心地よい温もりへと変化していた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -