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翌日夢香は起きてすぐ、いつも使用している鞄の中身を見た。そこには一枚の紙切れがあるからだ。
“またいらっしゃい”
紙に書かれた震えた文字。あれから一度このメモをくれたお婆さんに会いに行ったが、その時は出会えなかった。今日、仕事帰りにまた言ってみようと決意し、紙切れを机の上へ置く。
お婆さんにこれまでの事を相談すれば、何か良い案が貰えるかもしれない。まずやることを決意し、いつもの様に家を出た。
「おはよう夢香」
「おはよー」
職場に着いてすぐ、実希と出会い挨拶を交わす。すぐに実希は夢香の雰囲気の変化に気付いた。
「あれ、何か良い事あった?」
「えっ!なんで!?」
指摘されただけで動揺をみせる夢香は実に分かりやすい。薬売り絡みだと確信を得る。
「なんとなくね。もしかして薬売りさんと何かあった?」
「えっと……」
何かあったかと問われれば、色々ありすぎて顔に熱が集中する。益々興味津々といった眼差しを向けてくる実希に、夢香は頬を掻きながら呟いた。
「えっとさ、薬売りさんに……告白したんだ」
「嘘!本当に!?凄いじゃない!それで、ってことは、うまくいったんだよね」
「一応……ね。俺も、って言って貰えた」
「凄い凄い!やったね!これでずっと一緒にいられる!」
すると、夢香の表情に影が射した。
「それは……分かんないけどね。でもずっと一緒にいたいって思ってる」
「そうだね。好きな人とは一緒にいたいのが当たり前だもん。自分の気持ち、諦めちゃ駄目だからね」
「うん、ありがとう」
夢香が嬉しそうに笑い、実希もほっと笑った。翼の恋は終わったことになるが、夢香の恋を心から応援したい。ただ、気がかりなのはこれからだろう。薬売りはどうするつもりなのだろう、と実希は考えた。
一日の仕事が終われば、先に夢香は帰る。何故なら実希は薬売りに言われた通り、夢香を尾行するため、用事ができて暫くは一緒に帰れないということにしているからだった。
今日もこっそり跡をつけていく。いつもの帰り道で、問題などないように思える。しかし、変化は突然訪れた。
普段曲がらない角を曲がったのだ。見失うかもしれないと焦った実希は角まで走り様子を伺う。すると夢香は小さなビルへと入っていった。疑問に思いビルの前まで行ってみると、小さな看板には(株)ワードルの文字。こんな聞いた事も無い企業に夢香は何の用があるのだろうか。考えるよりもまず行動、と思い切って入ってみる。中に入ると受付があり、女性が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくる。
「あ、あの、此処って何をしていらっしゃる所なんですかね」
「こちらは主にファッション関係のコンサルタントをしておりますが、本日はどのようなご用件でしょうか」
「えっと……すみません、ついさっき女性が一人入ってきましたよね?」
「は……ええと、女性といえば一時間程前に中山様がいらっしゃったきり……」
「すみません!間違えたみたいです!失礼しました!」
逃げる様にビルを出る。明らかにおかしい。確かに夢香がこのビルに入っていくのを見たのに、入った様子はまるでない。薬売りが言っていた、消える事がある、というのがこれなのだろうかと思い立つ。
「報告しないと」
実希は焦りを感じ、薬売りの元へと駆け出した。
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12.07.21 tokika