mononoke2 | ナノ
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『お前、やらかしたな』


降りかかる声に、薬売りはひとつ溜め息をこぼした。


「こういう時に……不便な身だと」
『言ってる場合か』


今、夢香は自分の部屋に閉じ籠っている。その理由は明白で、薬売りの行動が招いた結果だった。


「言わずとも……後始末は、しますよ」
『それをしたくないから、距離を取っていたんだろうに』


片割れが指摘することは的を得ていた。薬売りは長く同じ場所へは留まれないため、出会う人々とは意識して一定の距離を取るようにしている。深く関わってしまえば余計な感情が生まれ、別れの時に面倒になるからだ。

しかし便利な薬があった。酒と一緒に飲ませてしまえば、即座に眠気が襲い、起きた時には記憶が失われるという代物。
この薬は滅多に使わない。何故なら記憶の中でも色濃く残った強いものが失われるため、薬売りのことを強く意識していると明かでなければ、他の記憶を失わせかねない、危険なものだからだ。

だが、そんなヘマをすることは、決してないだろう。薬売りは誰もが振り向く程の容姿を持ち、人の心を惹き付けるには充分な魅力を持っている。その気になれば、人の心を操るのも容易い。更にそんなことをしなくても、夢香は確実に薬売りのことを想っているのだ。


「暫く、眠っていて、くれないか。今後あまり‥見られたいものじゃあない」
『ふん、モノノ怪が現れたら嫌でも起きるぞ』


そう言い残すと、片割れは存在しないかのように気配を絶った。

一方の夢香は、薬売りにどんな顔で会えば良いのか分からず、部屋の中でベッドに倒れたきり、先程のことを思い出しては、じたばたとしていた。


(薬売りさんにキスされた……。
最初軽く奪ったのは私たけど、二回目のは本物……だよね)


意図的に重ねられた唇は、柔らかく温かい。感触がまだ鮮明に残っていて、意識すれば何度も頭がぼうっとのぼせるようになってしまう。


(だめだ……薬売りさんが好きすぎる)


枕を抱きしめ、どうにもならない興奮を抑えようと目を閉じる。しかし薬売りの近付いた顔を思いだし、逆効果で枕を投げ捨てる。


(薬売りさんは、なんで私にキスしたのかな……。その場の勢い?)


こればかりは本人に聞いてみなければ分からない。


「もやもやする」


このまま何も無かったかのように振る舞うのだろうか。だが、そんな器用なことは夢香には到底無理な話だ。


「決めた。告白しよう。当たって砕ければいいんだ」


砕けたくはないのだが、仕方ない。想いを伝えなければ、気持ちの整理がつかない。告白することで、やっとここまで築いてきた関係が壊れてしまうとしても、それは諦めるしかない。いつかは別れが来ていたのだから、と。
勢いよくベッドから起き上がり、深呼吸。冷静になろうとするが、これから告白するという事実が、心臓を激しく鼓動させる。


「生まれて初めての経験だ」


高校時代に気になる人はいたが、告白するまでには至っておらず、こんなドキドキは経験が無い。
うう、と一瞬怖じ気づくものの、頬を叩いて気持ちを改め、部屋を出た。


「薬売りさん」


決意が揺るがないよう、部屋に佇んだままの薬売りにすぐに声をかけると、薬売りは振り向いてくれる。
途端に逃げ出したい衝動に駆られるが、ぐっと堪えて思いの丈を口にした。


「私!薬売りさんのことが好きです!」


突然の告白を、薬売りはどう思うだろう。
恐る恐る様子を伺えば、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
あと一歩程しかない距離になり、薬売りは耳元へ顔を寄せ、囁いた。


「俺も、です」


吐息がかった優しい声音。ドキリと心臓が飛び跳ねた。普段薬売りは自分のことを“私”と言っていたはずなのに、“俺”と口にしたことに気付く。自分は特別が許されたのだろうか。そして俺も、ということは……。


「薬売りさん……も?」
「ああ」
「私のことが好き?」
「はい」
「うそ……本当に?だって前、分からないって……」
「その時は、己の気持ちから、逃げていた。
だが今は……夢香のことを‥心から、愛しいと、思う」


薬売りの腕が背に回り、引き寄せられる。
言葉の通り、愛しいものを抱くように、優しく、しかし逃がさないようにしっかりと包まれ、信じられない嬉しさが込み上げてくる。と、同時に、確かな不安が蘇る。その不安を消そうと、夢香は薬売りを抱きしめ返す。


「でも、薬売りさんは、元いた所に帰っちゃうんだよね……」
「……はい。なので、思い出を貰っても、いい、だろうか」


薬売りがいなくなるのは揺るがない事実。ならば……


「いっぱいあげる!だから私も薬売りさんとの思い出を貰っていい?」


肩口に埋めていた顔を上げれば、視線が交わる。一瞬薬売りの目元が細められ、微笑のようにも思える表情の後、再び夢香の口を自らの口で覆うように重ねる。
これが答えだという様に、味わう様に、何度も角度を変えられる。


「くす……ん‥」


名を呼ぼうとすると、その声を奪う様に舌が口内へと侵入する。
舌どうしが絡まり、脳が沸騰する。徐々にそれは、ゆっくりと離れていった。
初めての行為に力が抜け、夢香は息を乱し、体重を預けてしまう。やり過ぎてしまったとも思える状態に気付いた薬売りは、詫びる様に再び夢香を抱きしめた。


「俺は……酷い、男です」


こんなに優しく抱きしめてくれるのに、そんなわけがない。
力が抜けていて言葉で返せなかったが、否定するように夢香は首を横に振った。

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