mononoke2 | ナノ
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その後、実希は晩ご飯を共にしたが、ふと時計を見れば22時を回ろうとしていた。


「あ、長居しちゃった。ごめんね〜夢香、あたし帰るわ」
「じゃあそこまで送るよ」
「いいって。このくらいの時間大丈夫だし」


笑いながら言う実希。しかしもう髪をまとめ頭巾をしたいつもの薬売りがソファから腰を上げた。


「私が、送りましょう」
「ええ?いいって!返って目立つし!」
「…………。ならば、良いでしょう。妙な輩に絡まれることも、無くなる。夢香さん、その方が安心では?」
「そうだね、実希をよろしくお願いします」


「別にいいのに」と呟く実希に、夢香は「最近物騒だから駄目!この辺街灯少ないし」と返す。その言葉にようやく頷いた実希は、食事の後片付けを始める夢香に見送られ、薬売りと一緒にアパートを後にした。



暗い夜道を無言で暫く歩いていたが、実希は不意に口を開いた。


「なに?」
「……なに、とは」
「なんか、あたしを送るのに理由があるとみた」
「何故、です」
「ただの勘」


薬売りは口の端をすっと上げ、小さく笑う。


「大した勘を‥お持ちで」
「じゃあ、やっぱり理由あった?」
「まあ、理由など無くとも、送らせてはいただきましたよ。紳士、たるもの……ですから」


胡散臭く聞こえるのは、紳士、と強調したためか、ちんどん屋のような派手な格好だからか。実希は薄目で「そりゃ失礼しました」と返す。


「で、なんですか?」
「夢香さんのことで……お願いが」
「夢香にとって悪いことだったら、言うことはきけませんよ」


むっとしながら眼を鋭くする実希に、薬売りは逆に表情を緩めた。良い友達をお持ちだ、と。


「いえ、夢香さんにとって、良いこと、です」
「本当?じゃあ言ってみせて」
「仕事帰り、暫く夢香さんの跡をつけて、いただきたい」
「え、なんで」
「夢香さんには、まだ、モノノ怪が憑いている」


先程と打って変わり、真剣な面持ちで話す薬売りに、実希は思わず息を呑んだ。もののけが出るという現実離れなことはまだ分からないのに、その出来事があたりまえのようにさえ感じる。


「跡をつけたら、何か分かるの?」
「普段通り家に帰れたら、いいのですが。途中、消えることが、あると思います」
「消える!?」
「実際には‥消えていないでしょうが。本人は、古本屋、という所へ‥行っているつもりでいます」
「……。それってあたしが尾行したんでいいの?」
「他に‥頼める方がいません。申し訳ないのですが、結界が張られていて、私が見つけるのは、無理に等しい」
「そっか……うん、夢香が助かるんだったら良いよ。薬売りさんて、もののけを退治する人かなんかなんでしょ。それなら協力する。消えた場所を教えたら良いんだよね」
「そう、です」
「分かった。ただ……」


口にするのを迷うかのように一呼吸置いた実希は、薬売りを見た。


「夢香のこと、よろしくね」
「よろしく……とは」
「夢香さ、一人っ子だし、親が離婚してて近くに居ないんだよね。だから身元不明の薬売りさんが傍にいるのは怪しいけど、よかったと思う。夢香楽しそうだったし」


尾行した時に見た、夢香が家に帰り着いた時の表情は、凄く幸せそうだった。それに、さっき一緒に居る時も、楽しそうだった。
夢香は本当に薬売りのことが好きになっているのだろう、と思ったのだ。


「だから、さっきの交換条件!お願い引き受ける代わりに、夢香をひとりにしないで!」
「……夢香さんには、貴女が、ついているじゃ、ないですか」
「そりゃね!だけど薬売りさんは夢香にとって特別な存在になってるの。だからたとえ漫画の世界からやってきましたーだろうが、いきなり何も言わずに消えるとか、無しだからね!」


びしりと指を差した実希は「それじゃ、あたしの家此処だから」と手を下ろす。いつの間にか、実希の家の前まで来ていたのだ。
暖かい光が漏れる一件の家。そこに実希は溶け込んでいくように入っていった。一方、夢香は夢香自身が帰らなければ光など漏れることの無い家。
今、薬売りは夢香の家に世話になり、仕事帰りには彼女が帰るのを家で迎えている。そのため己は、僭越ながら夢香にとっての光となっているのだろう。
暖かい光は己には遠く、価値の無いもの。しかし、いつの間にか浸っていた。


薬売りは光に踵を返し、元来た道を辿っていった。

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