mononoke2 | ナノ
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「なるほどねぇ、夢香は突然アニメの世界に飛ばされて、薬売りさんとそこで出会って、こっちに帰って来れたはいいけど、薬売りさんも一緒に来ちゃった、と。信じたいのはやまやまだけど、正直ありえないよね」


一通り説明を聞いた実希は、真顔で頷いた。夢香は「まぁ、そうだよね」と乾いた笑い声を漏らす。しかし、事実なのだからこれ以上説明の仕様がないわけで。


「じゃあさ、今ありえないことが目の前で起きたら信じられる?」
「そりゃあ、まぁね」
「薬売りさん、天秤出してもらえるかな」


重力を無視し、意思を持っているとしか言えない動きをする天秤。それを見せれば信じられるだろうと思ったのだが、その思惑よりも前に信じてもらえることになった。
くい、と薬売りが人差し指と中指を揃えて動かし、箪笥の引き出しがひとりでに開いたからだ。


「ちょっと!凄っ!何今の!どういう仕掛け!?」


開いた引き出しから天秤がひとつ、弧を描くように飛び出し、薬売りの人差し指の腹へと着地する。実希は口をぽかんと開け、目の前の色彩豊かな細工を凝視した。


「これが、天秤?計りの針とか無いけど」


注目する実希の目の前で、天秤はチリンと音を鳴らし両端から鈴を垂らした。


「わ、びっくりしたぁ」
「こいつは、モノノ怪との距離を、測るためのもの……です」
「は?もののけ!?」


薬売りが指をちょいと上げるようにすれば、ふわりとまた天秤が浮き上がり、夢香の頭へと着地した。


「おや‥天井に行かせた、つもりだったんですがね」


悪びれる素振りなく夢香の上でくるりと回ってみせる天秤。
一方何かが乗ったような感触がない夢香は、じっとしていたほうがいいのだろうかと悩みながら、ぎこちなく背筋を伸ばした。


「そいつは人魚の時に、助けになった天秤です。夢香さんのことが、気に入ったようで」
「本当?嬉しいなぁ!私も天秤可愛くて好きだし」
「人差し指を」
「あ、うん」


さっき薬売りがしていたように、夢香も人差し指の腹を上にして目の前に差し出す。すると天秤が待ち構えていたかのように着地した。
支えとなっている中心は尖っているのに、頭に居た時と同様に接触している部分に感触は感じられない。
ちら、と夢香は実希を見た。


「どう……?実希」
「はー不思議だねぇ。うん、信じるよ」
「え、ほんと?」


思ったよりあっさり信じてくれた実希に、今度は夢香が目を丸くして驚く。


「うん、嘘みたいな嘘、真面目につくわけないし、こんなもの見せられたりしたらねぇ。
ただ、もののけがどうとかっていうのは意味が分かんないんだけど。それってあのマンガ見れば分かる感じ?」
「うん、あ、でもマンガよりアニメ観た方が良いかも。モノノ怪ってやつ」
「ふーん、わかった」


ソファで向かい合ってしていた会話が終わり、実希がおもむろに持ってきた買い物袋を漁る。そして取り出したのは耳、正確には白いネコミミが付いたカチューシャだった。


「なにそれ!」
「んふふふ、よくぞ聞いてくれました。夢香があたしに嘘付いたから、罰として買ってきたんだー」
「それはつい…!ごめん!……って、じゃあ最初から分かってたの!?」
「夢香明らかに挙動不審だったんだもん。まぁ今の話を最初にされても信じられなかっただろうけど、それとこれとは別問題で」


いったん置いといて、という動作をしてみせた実希は、薬売りを見た。


「夢香の猫ってことになってたんだから、これつけてもらいますからね」
「ちょっと!駄目だって!」
「とかなんとか言ってー、実はネコミミ姿見たいんでしょ」


うっと喉を詰まらせて顔を赤くさせた夢香の反応は、図星としか言いようのないものだった。


「薬売りさん、頭巾を外してくださいな」


ネコミミを前にして無言の薬売りだったが、機嫌を損ねようが引くつもりなど無い実希は追い討ちの言葉を選ぶ。


「夢香が薬売りさんを猫って言ってたんだし。これぐらいして当然じゃない?」


すると薬売りは、折れたというように微笑した。


「やれ、やれ。実希さんは強引だ。……だが、以前夢香さんと、なんでも言うことをきくと‥約束を交わしているのも、事実です」


口をあんぐりと開けた実希が、夢香へ振り向き、夢香は誤解だとばかりに頭をぶるぶると横に振った。ふたりの視線が外れた間に薬売りが頭巾を外しにかかり、それに気付き視線を戻した実希が「おお」と反応する。頭巾の下から現れた癖のある色素の薄い髪は、後頭部にシンプルな簪でまとめられていた。しかし頭巾を取る時に乱れたため、薬売りはその簪さえも抜き取った。束ねていた髪が薬売りの指によって解かれ、さらさらと落ちていく。ソファに付いてしまうほどに長い髪。


「薬売りさんって髪超長いんだねぇ。じゃあ失礼してー」


ふわふわの毛でできたネコミミカチューシャを、一瞬の迷いも無く薬売りの頭へ装着した実希は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。


「似合うー!買ってきてよかった!どうどう?夢香」
「……ッ!」


困ったように眉をハの字にさせながらも眼を見開き、口を引き結んでいるのに笑みが零れ落ちそうな、何ともいえない表情をさせた夢香は、ぐっと拳を握りしめる。感情があふれ出しそうだ。この感情は、俗に言う“萌え”だった。
薬売りという存在だけでも感情を乱されているというのに、可愛いネコミミが付いてしまっては堪えられない。呼吸を止めていたのかというくらいに、ぶはっと思い切り息を吐き出した夢香は、薬売りに手を伸ばしていた。


「可愛い!すっごく可愛い!反則!」


頭を撫でまわし、薬売りは無言でされるがまま。ただ、密かに機嫌を損ねていた。
それは実希のせいでも、夢香のせいでも無い。本来の耳に届いた声のせいであった。


『猫の真似事は楽しいか』


笑い混じりの声だった。都合の悪い時に目覚めてくれた片割れに心の内で「煩い」と悪態付く。するとカシャと小さな音が鳴り、いつの間にかカメラを取り出し写真を撮っていた実希に気付き、薬売りは頭に付いたネコミミへと手を伸ばした。


「ふたりとも‥少々、悪さが過ぎますよ」


もう良いだろうと外せば、ふたりともからブーイングを浴びたのだった。

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