mononoke2 | ナノ
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家へと帰り着けば、夢香は花井に映画のお礼をしてくる、と買った菓子折りを片手に出て行った。
薬が効いたことに対するお礼であった映画に、更に礼をもって返せば、もはや結局何がお礼なのか分からなくなるのだが。
夢香のこの性格はきっと花井も気に入ることだろう。歳は違えど女同士。話し込んで暫くは帰ってこないか。


残された薬売りは、自分の定位置となりつつある、座り心地が良く、眠るとしても悪く無いソファへ腰を下ろした。その時、耳から脳へ響く声。


「猫又か」
「おや、聞いて、いたので」


猫又、モノノ怪。
特徴としては尾がふたつに分かれた猫のナリだ。


「少々、やっかいだな」
「だが、今は……いない」
「そうだが……」


剣は反応を示さない。自分の半身である彼もまた。念のため、と天秤をひとつ薬箱から呼び出してみるが、鈴を鳴らし指先に止まったきり大人しくなる。しかし……。


「気に、なると」
「ああ。気配は無いが、何かひっかかる」
「貴方も、か」


モノノ怪は、いない。しかしただ居ない、という訳ではなく。――存在しない。


「ここまで、モノノ怪、妖の気配が無いのは……初めてだ」
「それだ。俺がひっかかるのは」


良いことなのかもしれない。しかし、人が交わる場に存在しないのはありえないのだ。人の恨みつらみは世の常。それがあれば妖は生まれる。更に強いものはモノノ怪となる。
その存在を薬売りは斬る立場であるが、完全に無くなる日がくることは無いと言い切れた。仮にそんな日がくるとすれば、生きとし生けるもの全てが滅んだ後だろう。


「調べて、みますか」
















暫くして、夢香は持って行った以上のお菓子を抱えて戻って来た。お礼のお礼のお礼、だろうか。


「ごめん薬売りさん、思ったより長話しちゃった…!すぐ晩ご飯つくるから」
「お気に、なさらず」


お菓子を片付け、ぱたぱたと忙しそうにキッチンに立つ夢香へ、薬売りはそっと席を立ち近付いた。


「夢香さん、これまで生活していて、何か‥変わったことは、ありませんか」
「え、何?急に。……薬売りさんが目の前にいるとか?」
「そう、ですね……質問を変えましょう。あの絵本を、どこで、手にしましたか」
「ああ、それは――」


瞬間、部屋に音楽が鳴り響いた。夢香は「電話だ」と、寝室にしている部屋に置いた携帯電話へ駆け寄った。
しかし直ぐに通話は終わる。


「間違い電話だった。相手の人大阪弁でびっくり……ってごめん、話途中だったね。あの絵本は……」


すると続いて呼び鈴が鳴り、驚いた夢香は玄関へと向かう。しかしまた、直ぐに戻ってきた。


「誰もいなかった!今時ピンポンダッシュなんてありえない!あ。絵本だけど……むぐ」


言いかけた言葉を、薬売りは人差し指を夢香の唇に添えて止めた。


「いい、です。また、聞きたい時に‥聞きますので」


何か意図的なものを感じる。今絵本に関することを聞こうとしたところで、答えられない呪でもかけられているのだろう。
しかし薬売りはこれで分かった。猫又とは言い切れないが、夢香にはまだ何か憑いている。そして存在しないのではない。隠れているのだ。
意味が分からない夢香は首を傾げた。薬売りはその違和感を拭うように、再び口を開く。


「そういえば、花井さんと、何のお話を?」
「えっ!?べ、別に…!只の映画の感想だよ!!」


話を逸らす意味も込めた他愛無い会話だったが、思ってもいない夢香の動揺に、薬売りは思わず興味を引かれた。


「おや、おや。何をそんなに、力むんです」
「力んでなんか…!本当に映画に関する話だし」


続いて頬が赤く染まる。嘘を繕うのは下手のようだ。


「映画に関する話、ということは、香の話ですか」
「まあ、うん」
「そうか、体の香り、の方ですね」
「……!」


図星。嘘をつけないため否定ができず、誘導すれば簡単に答えが現れた。当てられて驚く夢香がつい可笑しく、薬売りは少しの悪戯心が芽生える。


「香りの正体‥でも、分かりましたか」
「……っまあ、ね」
「では、教えていただけますか」
「なんで!?」
「興味がある、では、教える理由に足りませんか」


夢香はひとつ唸った後、ソファにどかりと座った。そして隣をとんとん、と叩く。


「立ち話は疲れるから、どうぞ」
「どうも」


薬売りは微笑み、ソファへと腰を下ろした。

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