人 魚 姫 ― 三の幕 ―
――どうしよう
どうしようどうしようどうしよう…!
何故か江戸時代のような場所に飛ばされ、戸惑いつつも流されるままになっていた私だったが
今はこれまでに無い程、酷く混乱していた。
理由は……そう、目の前にいる人だ。
今は、客となったその人を部屋に案内するために雪埜さんが先頭を歩き、
買われた私は、その人を挟んで後ろを歩いていた。
そのため後ろ姿を見ているわけだが。
――どうしたことか。
どう見ても私の好きなアニメ“モノノ怪”のキャラクター、薬売りなのだ。
当たり前ながら現実には存在しない人物だ。
しかし特徴的すぎるその形[なり]を見る限り、本物としか言えなかった。
(夢……じゃないんだもんね)
未だに痛む自分の頬をさする。
夢かどうかを疑って頬をつねるなんていうお決まりな行為を、まさか自分がするとは思ってもいなかった。
すぐ目の前には大きな薬箱。
そこには目のような模様が入っているため、自然と見つめ合うかのように視界に収まる。
そのままじっとにらめっこをするように見ていれば、
頭の中がぐにゃりと歪んだような気持ち悪さが襲い、吸い込まれそうな錯覚に陥った。
――――…‥*
「……大丈夫‥で?」
「……っ!」
気付けば薬売りの腕に体を支えられていた。
一瞬意識を飛ばしてしまったのか。
いきなり近くにいる薬売りにドキリと心臓が跳ね上がる。
全体重を預けている形になっていたため、慌てて足に力を入れて立った。
「椿!お客様の手を煩わせるんじゃないよ!」
雪埜さんの一喝が頭の芯まで響き、ビクリと肩を揺らす。
「すいませんね、今宵が初めてなもんだから緊張しているのかもしれない。
ご迷惑をかけましたら、他の奴に変えることもできますので」
「…………」
答えを返さない薬売り。
どんな返事をするのかと思い、頭ひとつ分ほど高い位置にある薬売りの顔を見上げる。
するとほんのりと笑って見えた。
口角を上げるように紫の紅[べに]が注してあるせいだろうか。
しかし薬売りはそのまま何も言わなかったため、雪埜さんはまた歩きだす。
(なんで、私を選んだの?)
疑問は言葉にできない。
どきどきと鳴り止まない心臓を押さえ、再び前を行く薬売りの後ろを
今度は薬箱を見ないようにして付いていった。