mononoke | ナノ
案内された部屋は、花の装飾が施された六畳程の美しい和室だった。
畳が新しいのか、いぐさの良い香りが鼻を掠める。


「ごゆっくり。今、酒を持ってきますので」


雪埜さんがそう言い残して出て行く。
此処には薬売りと私……ふたりきり。


途端に意識してしまい、目の前に座る薬売りの顔が見れなくなる。
今、自分の顔は確実に赤くなっているだろう。
これでは何か期待しているようではないか。
はっきりと熱を持つ頬を恨めしく思いながら、赤い顔など恥ずかしくて見せられないため畳を見つめる。


「そのように下ばかり向いていては‥つまらないのですがね」
「……っ」


思わず顔を上げる。
瞬間目がぱちりと合い、更に自分の顔に熱が上がっていくのが分かった。


(その顔……犯罪…!)


美しすぎる程の顔を持つ薬売り。
じっと見つめあうなんて行為は今の私には到底無理で、すぐに目線をそらした。
しかし薬売りは涼しげな顔のまま続ける。


「名前を……お聞かせいただきたく」
「…………」


どうしたら良いのだろう。
口ぱくで良いのだろうか……。


『……つ、椿』
「ああ……そちらではなく、本当の‥方を」


(え……)


驚いて薬売りの瞳を見る。
しかしじっと見返してくるだけだったため、戸惑いつつゆっくりと口を開いた。


『……夢香』

「夢香、ですね」


一度ではっきりと伝わるとは思っておらず、呼ばれた名にドキリと胸が反応する。
そして慌てて頷きを返した。



(あ……そういえば)



急にあることを思い出し、自分の着物の袖から白い包みを取り出す。
これはひの依さんから貰ったものだ。
夜見世に出る前に「お酒が入る前に飲んでおいた方がいいよ」と言われ渡されたのだが……。


包みからいって何かの薬だろうか。
遊廓で渡される薬……それだけで不安がよぎる。
よく分からないものを口に入れるのは怖いが、信頼できるひの依さんから貰ったものだ。
とりあえず雪埜さんが酒を持ってくる前に飲んでおこうと考え包みを開いた。
包みの中には、小さく茶色い玉がひとつ。


丸薬と思われるソレを見つめて少し途惑えば、紫の爪を持つ美しい手が視界に入り
その丸薬をつまみ取った。


『あっ』


驚いて手の先の薬売りを見る。
すると薬売りは丸薬をじっと見たかと思うと、
パキ……とそのまま丸薬を潰した。


(え!?)


「……これは、飲まない方が良い」


粉となって指から落ちるものを、呆気に取られて見ていれば
薬売りの言葉は続いた。


「子を身篭ることは無いだろうが‥殆ど毒のようなもので。
飲み続ければ‥いずれ死ぬ」

「―――!!」

(避妊のための薬…!)


血の気が引き、手に持っていた包み紙を離す。
ひらりと畳に落ちたと同時……


「なぁに……ご心配には及びません。
私は夢香さんを‥抱きに来た訳では、ありませんので」


ほっとしたような、しかし少しショックでもあるようなことを言われた。

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