mononoke | ナノ
薬売りとふたりきり。再びその時が訪れた。
もう夜の十二時はとうに過ぎた頃だろうか。
花街から浮き世へと出入りできる唯一の大門は既に閉まっているらしく、
薬売りは一晩の宿としてこのまま遊廓に泊まっていくことになった。


話したいことや聞きたいことが沢山あった私は、この機会を逃したら一生後悔すると思い
「他の奴に薬売りの旦那の相手をさせるから休みな」と雪埜さんから言われたところを、
勇気を出して「私がお相手をします」と言ったのだ。
正直他の女性が薬売りに一晩付くというのは考えたくなく、
決して一晩一緒にいたとしても薬売りは自分なんかを抱いたりしないという自信もあった。


騒動の後ということもあり、なんとか薬売りの顔を直視できるようにはなった。
しかし一枚だけ敷かれた布団を挟み向かい合っているためか
目線が合えば気まずさから五分はもたないと言い切れる。


「何か、話したいことでも……おありで?」


薬売りの言葉に頷いた。そして、息を吸い込む。


「あ、あの…!ありがとうございました!」
「…………。礼など、可笑しい‥お人だ」
「へ?」
「私は夢香さんを、モノノ怪呼ばわり‥したんですよ」
「……でも、実際にその時はモノノ怪だったし…!
薬売りさんに斬ってもらえて本当によかった。だから、ありがとう」
「ならば、言う相手を……間違えておいでだ」


その言葉にきょとんとなるが、深く考えてハッとした。
枕元に置いてある大きな薬売りの荷を見る。
そして確かめるように薬売りに視線を移せば、読めない表情。
戸惑いながらも荷の一番上にあたる部分に手を伸ばし、
更に中にある装飾が施された黒塗りの箱を開けば、退魔の剣が姿を現した。
それに向かって頭を下げる。


「退魔の剣さん、ありがとうございました」


少しの静寂が流れ、ふ‥と笑われる。
驚いて薬売りを見れば、紫に引かれた唇が先ほどよりも弓なりになっていた。


「あ。すいません!勝手に開けて!」
「いえ‥構いません、よ」
「……。もしかして違いましたか」
「夢香さんが、それで良いなら、違いませんぜ」
「は、はぁ」


どうも話に含みが多すぎて、実際に言葉を交わすのは至難の技だ。
アニメをじっと見ているのとは違い、独特のテンポにも調子が狂ってしまう。
でも、ここで音を上げてしまっては駄目だ。ひと呼吸置き、再び口を開いた。


「綾織さん……って、大丈夫でしょうか」


心配なことだった。
心臓が動いていたとはいえ、今も固く目を閉じ、顔色は悪いままだ。
ゆっくりと薬売りの瞳が細められた。


「モノノ怪を受け入れたことは……それなりの負担がかかる。
残念ながら目を覚ますのは……奇跡に等しい」
「そんな……!だったら、なんで私はっ」
「自らモノノ怪を受け入れるのと、取り付かれるのとでは、また違う。
それに……」
「それに?」
「珍しく……あれが興味を持った、ようで」
「…………」


また、よく分からない。
何が何に興味を持ったというのだろう。
あまりしつこく聞く勇気も無く、ふぅ…と息を吐く。


「夢香さんは……」


私ばかりが質問することになるだろうと思っていたため、薬売りから言葉を投げかけられたことに驚く。
聞き逃すまいと耳を傾けた。


「ご自分のことは後回し……なんですね」
「え?」
「時空を越えてきたということを、すぐに聞くものとばかり‥思っていたんですが」
「……っ!?なんで知って!…っ」


驚きから思わず声が大きくなり、慌てて口元をきゅっと引き締める。
そして、薬売りの続く言葉を待った。


「……丘の上で

あなたが急に現れたのを

見て、いましたので」



――なんてことだ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -