mononoke | ナノ

薬売りは、私が此処に来た瞬間を見ていたのだ。
近くで……。


意識が飛んでしまうんじゃないかという位の衝撃を受け、
思わず目の前の布団に両手をついて俯く。


だって、つまり薬売りはそれを見ていて
私に話しかけてはくれなかったことになる。


あの時周りをよく見ていなかったことも悔やみきれない。
……もしあそこで薬売りに気付いていたら、また違っていたかもしれないのだから。


悶々とした考えを浮かべながら、薬売りに土下座をしているような状態になっていたが、
頭を強く横に振ることで、過去ばかり後悔するどうしようもない思考を飛ばす。
そして薬売りを見た。


「じゃあ!薬売りさんは何で此処に来て、私を指名したの?」


ずっと気になっていたことを、勢いに任せて聞いてみる。
意気込みすぎて、どきどきと心臓が早く鳴るのが分かった。
薬売りの形の良い口がゆっくりと動く。


「剣が、教えてくれましたので」
「…………」
「貴女には、何かがある‥と」


ですよねー。


がくり、とでも音が出そうなくらいに私は再びうなだれた。
自分はさっきまでモノノ怪だったのだ。
いったい何を期待していたんだろう。
モノノ怪を斬るために薬売りが動いていることを容易に予想できていたはずだったが、
こうしてがっかりする自分がいるということは、少しだけでも何か違うものを期待していたようだ。
身の程知らずで恥ずかしい……。



これで、密かに夢見た薬売りに付いていくという道は、絶たれたと言ってもいいだろう。
薬売りにとって、私はいわば旅の途中で会った通りすがりであり、
良くてモノノ怪だった人物だと記憶に残して貰えるキャラになるだろうか。
しかしそんな立場では、どうか一緒に連れていって下さいとお願いしたところで、断られるのがオチ……。
断られるのが分かっていてお願いする勇気は、私には無い。
すると、必然的にこのまま遊女として生きていくしかなくなる。


「帰りたい、とは‥思わないので?」
「っ!?帰りたいよ!」


まさに今の心情に突き刺さる言葉を薬売りに言われ、思わず本音が出る。
藁にもすがる思いで見つめた。


――そう、帰りたい。
女を売って生きるなんて、平成の世をぬくぬく育ってきた私には無理だ。


先程あんなに泣いたというのに、じわりと視界が歪む。
いつから私はこんなに泣き虫になってしまったのだろうか。
とにかく薬売りには情けない姿ばかりをみせてしまっているため、最後の抵抗として目に溜まった涙は零すまいと瞬きを堪えた。


「ならば、帰してあげます、よ」
「え……!
ほ、本当にっ!?そんなことできるんですか!?」
「ええ、まぁ。
なにぶん……時を渡る身でして。
少々厄介、ではあるが」


(薬売りさんって、やっぱり時を渡ってたんだ)


アニメで、薬売りの現れる場所は時代背景がバラバラだった。
アニメだから何でもありなのは当たり前だが、
つじつまを合わせると薬売りが時を渡っているのか、はたまた不老不死か、
薬売りが何人もいるのか……と、一番後者は無いと思うが、色々空想していた。
しかし少々厄介、というのは何故だろう。
私をわざわざ帰すことは大変な労力を使い、不本意ということだろうか。
薬売りに迷惑は掛けたくないが、本当に帰りたいからどうしてもお願いしたい。
心から頭を下げた。


「お願いします!私を元の時代に帰して下さい…!」




ぎゅっと目を瞑り返事を待つ時は、やけに長く感じた。




「いい、ですよ」



薬売りの了解の言葉に、ぱっと顔を上げる。


「ありがとう!!」


心底嬉しくて、なりふり構わず興奮のままにお礼を言えば、
薬売りの目元が、微笑ましいとでもいいたげに優しく緩んだ。
不意打ちだった私は、一瞬にして頬に熱が集中する結果になってしまった。

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