mononoke | ナノ
重力が戻ってきて、地に足が着く感覚。
腕を引かれた幻想によって、私の意識は飛ばずに済んだらしい。
そして、理解する。



――ああ、私……生きてるんだ



畳の上にしっかりと自分の脚で立っていることは、両足にかかる負担ですぐに分かった。
こうして脚が戻ってきてなお生きながらえたということは嬉しいはずなのに、
死を覚悟をしていたためか、ほっとしたというより呆気に取られたように虚無感が襲う。


すると貧血のように目の前が真っ暗になり、足元はすぐに崩れた。
しかし背中越しに受け止めてくれる人物がいてくれたため、倒れて頭を打つことは無かった。
そのまま支えられ、ゆっくりと畳の上に座る姿勢へと変えられる。


「血が……少ないようで」
「……っ」


途中で耳元に響いた声に驚く。
そして本当にその通りだと、心の中で苦笑した。
こうして薬売りに体を支えてもらうのは何度目だろう。


視界を遮る暗闇が徐々に引いていけば、
部屋の角の方で放心状態のひの依さんと雪埜さんの姿が目に入る。
更にすぐ目の前では綾織さんが仰向けに倒れていた。


「……!」


自分の足元がおぼつかないことも忘れ反射的に綾織さんに駆け寄る。
私と同じように退魔の剣に斬られたはずだが……死んでしまったのだろうか。
蒼白になった表情を見ればそんな考えがよぎる。
酷い仕打ちを受けたとはいえ、自分以外の命の危険を目の当たりにするのは不安で胸が締め付けられた。
生きていてほしい……そう思いながら綾織さんの胸に耳を当てた。


――とくん とくん


小さいが、確かな心音が伝わる。


「生きてる!」


喜びから上げた声は、しんと静まり返った部屋に澄み渡った。
ひの依さんと雪埜さんが、目を見開き顔を上げる。


「……あんた、声が…」
「雪埜さん!医者とかいないんですか!?」
「あ、ああ……。
とりあえず、使用人を呼んで綾織の部屋に運んでもらおう。医者はそれから……」


雪埜さんが壁に手を当てながら立ち上がり、廊下に続く障子の前まで行く。
閉じ込められていたという記憶から一瞬開けることをためらったようだが、軽く力を入れればすんなりと開いたようだ。
ほっと息を吐いた雪埜さんは部屋を出て行った。


「椿……」
「……ひの依…さん」


ひの依さんがそっと近付いてくる。
畳に着物を擦らせる音がやけに大きく響いた。
私の目の前で腰を下ろし、目線が合う。



「とても綺麗な声……だったのね」



ふわりと微笑まれ、一瞬何を言われたのか理解することが出来なかった。
しかし、間を置き理解すればぐっと目頭が熱くなり
せっかく褒めてもらえた声をからしてしまうんじゃないかというくらいに、
私は声を上げて泣いてしまった。

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