mononoke | ナノ
何か生きたものを斬るということは、とても恐ろしいことだ。
ましてや命を奪うなんてもってのほか――。
しかし退魔の剣で斬るという光景には、そんな当たり前な感情はおこらず
惹き付けられるものさえあった。


常識では考えられないことが沢山起きて、
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
それとも単純に、目の前の彼に見惚れているだけだろうか。


痛みで意識が朦朧とする中、はっとする。
彼が、いつの間にかこちらを向いて立っていたからだ。


――ついに、私の番なのだろう。


『私を……斬るの…?』


彼が持つ退魔の剣の、炎とも光とも言えない輝きを放つ刀身に視線を向けながら
掠れて聞き取りにくい声を、精一杯振り絞って問う。
答えはとうに分かっているが、聞かずにはいられなかった。
一瞬の間を置き、彼が口を開く。


「ああ」


はっきりと言った肯定の言葉。
予想通りで、思わず笑みが漏れる。


『その剣で斬られたら……っ痛いかな』


我ながら間抜けな質問すぎて悲しくなるが、
斬られるにあたって一番不安なことだった。
さすがにこの質問には答えは返ってこないだろうか。
そう思ったが、彼は再び言葉を返してくれた。


「さぁな、俺は剣を振るう身。自ら剣に斬られたことなんぞ‥無い」
『そう……だよね…はは』
「……だが、今感じている痛みからは解放してやることが、できる」
『…………っ』


嬉しい……言葉だった。
涙が溢れる。


『ありがとう……安心した』
「…………」
『あなたに斬ってもらいたい。お願いします』
「…………承知」


了承の返事を聞き、ほっとしたのと嬉しさで思わず頬が緩む。
すると、瞬間的だが彼が初めて表情を動かした気がした。
それはほんの少し、ぴくりと無い眉を顰めるもの。
何か感に障ることでもあっただろうか。
そう気になりながらも、少しの変化を見れたことは直ぐに喜びに変わり、剣を受け入れるため私は静かに目を瞑った。
自然と不安な気持ちは無くなっていた。


暗くなった視界に、直ぐに真っ白な無数の光が散り
世界が無重力になってしまったかのように体の感覚が無くなる。
これが斬られたということになるのならば……新たに襲いくる痛みは全く無かった。


よかった……と安心感に浸っていれば、
温かな空気に包み込まれる。



―――…ありがとう



椿さんの優しい声が響いた。
直後、苦痛に感じていた痛みが全て消えていき
徐々に睡魔のようなものが襲い、流されるままに意識が遠くなっていく。



これが、死ぬということなのだろうか。
受け入れる態勢は整っていたため、怖いという感情は起こらなかった。



しかし右腕を引かれたような感覚と、
その箇所が圧迫されるような鈍い痛みにより、急激に意識を引き戻された。
驚きから相手を見ようと、自然と重い瞼に力が入り視界が開ける。
すると赤い爪を持つ手が私の腕を掴んでいる光景が飛び込む。
だが、それは一瞬見てしまった只の幻とでもいうように――儚く消え去った。

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