mononoke | ナノ
「ちょっと待ちなさいよ!!」


薬売りの話の腰を折り、急に綾織さんが声を張り上げた。
血走った目で辺りを睨む。


「あんなもの見せられて…!
まるであたしが悪者じゃない!」
「……今更なに言ってんだい綾織。
どこをどう見たって、あんたのせいで椿は死んだんじゃないか」


溜息交じりの雪埜さんの言葉に、綾織さんは「違う!」と叫ぶ。


「あたしが被害者よ!あたしの方がずっと辛い思いをしてたんだから!
同じ頃に廓に入れられたってのに、頭が良いとか声が綺麗だとかで可愛がられるのはいつも椿…!
あいつの声が出なくなったって、立場は変わらなかったわ!」
「…………」
「そのうえ…!あたしが唾付けてた沙流々はんだって横取りよ!?
沙流々はんがいなくなったら時春はんまで来なくなった!
全部椿が悪いわ!!」


その叫びに信じられないとでもいうようにひの依さんが反応を示す。


「椿姉さんを悪く言わないで!
全部あんたの普段の行いが悪い報いじゃない!」
「うるさいッ!!」


綾織さんは気が動転しているらしく、頭を振って聞く耳を持たない。


「椿には散々苦しめられた…!
そのぶんお詫びしてもらわないと気が済まない!」


突如、刃物でも突きつけるかのような鋭い視線を私に向けた。
ぞくぞくっと背中を嫌な感じが駆け抜ける。


一瞬の静寂――。



「あんた……人魚よね」



怖くて何も反応できない。
しかし綾織さんは私の反応なんて待っていないようだった。
じわりと口の端が弧を描き、ゆっくりと近付いてくる。


薬売りの眉間に皺が寄った。
私の前に出て、綾織さんに注意を払う。


「何を……する気だ」
「ふふ、あなた本当に沙流々はんに似てる。
でも、もうそんなこと……どうでもいいわ」
「…………」
「人魚の血肉って、食べれば確か不老不死って言うわよね」
「……!駄目だ。
あんたもモノノ怪に成り果てるぞ」
「いいわよ、別に。
ずっと美しくいられるんだったら…!」


薬売りの横をすり抜け、私の着物から覗く魚の尾に手を伸ばした。
逃げることなんてできないため力いっぱいつかまれ、痛みが走る。
どうやら本当に私の体の一部らしい。


刹那、がぶりとでも音が聞こえるんじゃないかというくらい、
おもいきり噛まれ、そのまま引き千切られた。


『―――っ!!』


激痛に体が反り返る。
噛み千切られたところからは、血と言えるのかは分からない虹色の液体が流れ出た。
すると薬売りが振袖を翻し、複数の白い札を放った。


それは綾織さんに向かい、張り付く。
張り付いた札は鈍い音を立てながら黒い文字を浮かび上がらせ、直ぐに赤く変化を見せた。


「ぐっ!うぅう…!!」


綾織さんが声を漏らしながら苦しそうに身をよじる。
口の端から虹色の液体が滴った。
どうやら肉片は既に体の中に入ってしまったらしい。


薬売りが振り向く。
今の慌しい様子とは裏腹に、しなやかな様子で人差し指と中指を揃え、くいっと上に動かした。
その動きに合わせて薬箱から新たに出てきた天秤が私の前まで来る。
目と鼻の先で、どこに着地するでもなくふよふよと空中に漂う。


「さぁ、もう時間がない。
夢香さん、答えてもらいますよ」
「……っ?」
「貴女だけが‥聞いたはずだ。椿さんの想いを」



――椿さんの想い……。



頭の中で反復させた薬売りの言葉。
瞬間、天秤が鈴を垂らし
リン――と左に傾いた。

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