mononoke | ナノ
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真っ赤な夕暮れ。
痛々しいほどに目を腫上がらせ
畳の上にまるで蝶が羽根を広げたかのように着物を崩して横になる椿さんの姿。


私も、あまりに悲しい結末に
部屋の隅で静かに涙を流していた。
虫の音さえ聞こえてこない……そう思ったが突然頭の中に綺麗な声が響く。


――もしも声が出ていたなら、沙流々さんに誤解を与えることはなかった。


――もしも声が出ていたら、首を振るんじゃなく
愛していますと答えていた。


椿さんの……声なのだろうか。
沢山の想いが、直接頭に流れ込んでくる。
気付けば私の脚はまた無くなり、魚の尾が姿を現していた。


しかしそんなことは些細なことに思え、
すぐに魚の尾から視線を反らす。



すると、反らした先に薬売りの天秤があった。
どきりと心臓が脈打つ。
リン……と、天秤は椿さんの手元にある絵本側に傾いた。


椿さんの伸ばした手に、人魚姫の絵本が触れる。
じ……っと、椿さんは絵本を虚ろな瞳で見つめた。



――ああ、人魚姫とおんなじになっちゃった。
好きな人と一緒になれずに――ひとりぼっち



ふ……と、悲しそうに笑う。



――でも、あなたの方がずっといいわ
海の泡になって、自由になれたもの。



――私は……



一生此処で……




途端に勢い良く椿さんが体を起こした。
頭を抱えて、体を丸める。



――そんな…!そんなの嫌!
生きる必要なんて無いわ…!!
好きでも無い男の人と毎晩身を重ねるなんておぞましい…!


あの人が居たから私は今まで我慢できた…っ



もう…………




――――無理。




椿さんは自分の首に両手を持っていく。
淡い桃色に塗られた長い爪を、その喉に立てた。


――この喉のせいで……!


がりり……と嫌な音を立てて引っ掻く。
引っ掻いたところからじわりと血が滲んだ。
途端に自分のことの様に私の喉に痛みが走る。


――私はただ……!
沙流々さんと逢えるだけで幸せだったのに…!


ガリガリガリガリ


――なんでっなんでなんで!


ガリガリガリガリ


――追いかけて、沙流々さんの元に行きたい…っ


ガリガリガリガリ



――自由に…っなりたい――!



ぶつ――っ



爪を深く差し込み、血しぶきが上がる。
瞬間、私は呼吸ができなくなった。
頭が真っ白になる。
苦しく目を見開けば、椿さんの倒れる姿が目に入る。
すっかり淡い桃色をしていた爪は、血の赤に染まってしまっていた。


苦しい。意識が朦朧としてくる――。
その時、自分の視界を覆うものが現れた。



「夢香さんは……意識を入り込ませ過ぎる。
あまり‥見ない方が良い」


「……っ…はっ!!」



視界を覆われ、呼吸が戻る。
酸素を求めるように、思い切り息を吸い込んだ。
死んでしまうかと思った。
生理的な苦しさと死を意識した恐怖とで、どうしようもなく涙が浮かぶ。


呼吸が整ってくれば、目を覆うものが離れた。
紫の爪を持つ白い手が離れていくのを視界に捕らえる。
特徴的な美しい手。誰が傍に居るのかは手の先を辿らなくても分かった。
――薬売りだ。


(薬売りが……助けてくれた)


きゅう……と胸が苦しくなる。
なんでだろう、理由が分からない。


「そんな…!こんなのって…!!」


突然ひの依さんの声が耳に入る。
前方を見れば、取り乱したひの依さんの姿。
その両隣には、固まる雪埜さんと綾織さんの姿まである。
どうやら此処にいる全ての人達が椿さんの過去を見ていたらしい。
恐る恐る下を見るが、既に椿さんの形は無くなっていた。


「この後、何かがあったはずだ。
貴女が知ることを‥聞かせてもらおう」


薬売りがひの依さんに投げかけた言葉。
ひの依さんが怯えながら、退魔の剣を掲げる薬売りを見た。


「あ、あたし……っ
てっきり椿姉さんが自害したのは絵本の内容が原因だと思ったから…!」


絞り出すような声。瞳から涙が落ちる。


「椿姉さんにとって大切な絵本だなんて知らなかった!
だから…!絵本をごみと一緒に捨てて…ッ!」
「燃やそうとしたのではなかったので…?」
「…っしたわ!燃やした方が椿姉さんは救われるって綾織さんにも言われたから!
でも燃えなかった!
火を近づけても燃えなくて…!だから怖くなって捨てたのよ!」


「しかし、今になって絵本は現れ……燃えて塵と化した」


薬売りの言葉に、はっとひの依さんの涙が止まる。
薬売りはそのまま言葉を続けた。


「当時絵本が燃えなかったのは
報われなかった椿さんの想いが、絵本に乗り移っていたから。
そして……時を経て今度は、
絵本を手にした‥夢香さんへと乗り移った。
それが……真」


カチン


退魔の剣が反応した。
どうやら私は絵本を手にしてしまったことで、モノノ怪となってしまったらしい。


あともうひとつ……理が揃えば
私は斬られてしまう。

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