mononoke | ナノ
※少々グロめ(流血等)の表現があります。苦手な方はご注意を。ご自分で判断してお読み下さい。




「ねぇ、時春はん」

「…なんだ?綾織」

「わっち、鈴蘭屋でいちばん高いところに登りたいって思っているんでありんす」

「花魁……ってことか」

「あい、でも……お客の数がまだまだで」

「紹介しろと?」

「わっちが花魁になれば、時春はんが描いて下すったわっちの絵も売れることになりんしょうから、嬉しいでありんしょ。
されど、わっちの間夫[まぶ]はあんさんだけでありんすぇ」

「はは。うまいことを言う。……そうだな、弟子を連れてくるか」

「ありがたいことでありんす。……もうひとつわがまんまを言ってもよろしいでありんすか?」

「ん?なんだ、言ってよいぞ」

「時春はんのお弟子はんで……確か異国の方がいらしたとか」

「ああ、沙流々[シャルル]のことか」

「あい、できればその方がよろしいんでありんす。
わっち、異国の方のお相手をしたこと有りまへんので」

「ふ……見目が良いと前に話したこと覚えておったな。
よし分かった、男に二言は無い。その代わり、花魁になれよ」

「あい、きっと…」




人 魚  ― 五の幕 ―



(今…のは……)


情事後と思える――綾織さんと知らない男の姿。
布団の上で乱れた衣のまま寄り添いながら語る姿を、私はひたすらぼーっとしながら見ていた。


今はそんな夢から覚めた感じだ。
ここは……?そう思いながら、周りを見れば
目の前には床から天井まで伸びた格子。格子越しには沢山の男達。
男達は此方を物色するように見ていた。


――夜見世…?


先程体験したはずの光景と重なる。
驚いて隣を見ればひの依さんがいて、斜め前には綾織さんがいた。
本当にさっきと同じ。



(あれ……?)



また、夢を見てしまったのだろうか。
もうどこからどこまでが夢なのか分からないが、
薬売りに逢ったところから何も信じられない。
逢った時は確かにリアルに感じていたが、薬売りが居なくなった今
そんな感覚はどこかにいってしまった。


自分が人魚だった、なんていうことなんて本当にありえない。


はぁ……と溜息をつき、足元を見る。
自分の足元からは液体も広がっていないし、
着物越しでも確かに脚が在るというのは分かる。
あんなに痛かった喉も、今は痛くも痒くもなくなっていた。



(やっぱり、夢だ)



モノノ怪が好きすぎて、こんな夢まで見るなんて……病んでる。
苦笑すれば、ひの依さんが此方を見た。


「どうされたんでありんす?椿姉さん」


……椿姉さん?
ひの依さんは私のことを、椿と呼び捨てで呼んでいたはずだ。
違和感を覚えれば、更に先程と異なる点に気付く。



――私の着ている着物が違う!



ひの依さんから借りて着ていた着物との違いにすぐには気付けなかったが、気付いてしまえば全然違うことが分かった。
今の着物は美しいほどに紅い椿の花が沢山刺繍されている。
だからといって煩い印象は無い。とにかく洗練された美しい着物だった。


なんで……そう思いながら周りを見れば、綾織さんが格子越しの男性に話しかけていた。
あれは、布団の上で語り合っていた男性……。


「あぁ、綾織さんの間夫でありんすね。浮世絵師の……時春はんでありんしたか。
ずっと疑問なんでありんすが、綾織さんの何が言いのやら」


こっそりと話しかけてくるひの依さん。
その言葉に成る程……と納得しながら、混乱する自分を落ち着かせるために目を伏せる。
しかし綾織さんと、時春さんの様子を一部始終見てしまったため
なんだか気になってしまい、そのまま聞き耳をたてた。


「時春はん、そいで……」
「ああ。紹介しよう、沙流々だ」
「……まぁ、お初に。綾織でありんす」



――あれ?沙流々って人の声がしない。
どうしたのだろうと思わず顔を上げれば、驚く光景がそこにあった。



――薬売り…!!



一瞬薬売りと思えた風貌。
しかし……違う。
時春さんの隣に立っていたのは、
顔には化粧を施していない、紫苑色[しおんいろ]の小袖に白い羽織姿の男性。
髪は薬売りのように癖があるが、鮮やかな金の色をしていて
それは無造作にまとめられていた。
髪の隙間から覗かせる耳も、尖ってはいない。
格好と髪の色と化粧と耳の違いだけで、風貌は薬売りと瓜二つ。
美しい男性だった。


途端にその人と目が合う。
見過ぎてしまっただろうか。慌てて顔を反らせば


「先生、私は……あの方‥を」


少したどたどしい日本語。
そして薬売りのような声音。
声まで似ているのかと驚いてもう一度顔を上げれば、
沙流々と呼ばれる男性がこちらを指差していた。
途端に心臓が跳ね上がる。


『え……!』


「……っ、沙流々はん、あれは口がきけないんでありんす。
わっちの方が楽しめんすえ」


綾織さんの焦ったような言葉には何も返さず、沙流々さんは時春さんを見る。


「自分で 金を出します。……駄目‥ですか」
「うむ……いや。ここは己で女を選ぶべきだ。
私は綾織を勧めるが、お前があちらを選ぶのならば仕方ない」


綾織さんが驚いたように時春さんを見る。


「約束が違……」
「仕方なかろう。結局は沙流々が決めることだ」
「……っ!」


綾織さんが目を剥き、こちらを振り返った。
恨みの篭った瞳。
その様子があまりにも怖くて身を引けば
す――と、まるで今までいた何か別の体から
自分自信が抜け出るような浮遊感に襲われた。

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