ヤバイ
私は軽くパニックを起こしてしまいそうだった。
何故なら男の人に案内され「江戸に着きましたよ」と言われた場所は
まさしく時代劇で見るような“江戸”だったからだ。
(な……なんで!何ここ!
は!京都の映画村とかじゃないの!?)
しかしそう思うには道行く人に観光客といった風貌の者はおらず、
小袖姿や十徳姿の……まさしく昔の一般市民の姿ばかりが目に付く。
隣の男の人が変わった格好をしているとばかり思っていたのだが、
あきらかにワンピース姿の私の方が浮いていた。
『ちょ…!あの!』
何処に向かっているのか……今だ歩む男の人に向かって口を開くが、声が出ないため気付かれない。
仕方なく話かけようとするのは諦め、とぼとぼと横を着いて歩く。
(この人……なんで明らかに浮いてる私のこと気にしないんだろう。
気を遣ってくれてるのかな……?)
先程から、すれ違う人々は私のことをちらちらと見ていく。
いたたまれなくなって、私は下を向いた。
水を含んでどろどろになった土を眺めながら悶々と、
私はどうしてこんなところにいるんだろう、どうすればいいんだろう……と、答えの出ない疑問ばかりを浮かべ、気分はどんどん沈んでいった。
「着きましたよ」
男の人の言葉に顔を上げ、立ち止まる。
すると軒を連ねる中、目の前には一際目立つ鮮やかな色の建物。
あまりの美しさに思わず口を空ける。
男の人は戸を開いた。
「雪埜[ゆきの]さん、私です」
すると歳は四十くらいだろうか。黒い着物姿の女の人が奥から現れた。
「雪埜さん、この娘[こ]が冷たい雨に濡れてしまいまして。
直ぐにでも湯に入れてやってくれませんか」
男の人の言葉に、雪埜さんと呼ばれた人が私の方を見る。
はっとしてとりあえずぺこりと頭を下げた。
すると笑顔を返される。
「そうだね、風邪ひいちゃ大変だ」
そう言うと雪埜さんは階上を見上げ「ひの依」と声を張りあげた。
間を置き、美しい着物を着た綺麗な女の人が階段を降りてくる。
どうやら“ひのえ”というのはこの人の名前だったようだ。
「ひの依、この娘を湯につれて行ってやりな。
着物もとりあえず、あんたの貸しておやり」
雪埜さんの言葉に、ひの依さんは嫌な顔をせず「あい」と返事をする。
「こちに」
そう言われたので、途惑いつつも靴を脱いで上がらせてもらう。
私は一度男の人を振り返り、ひの依さんの後を肩身の狭い思いでついていった。
残された男と雪埜。
雪埜がまず口を開いた。
「あんな上玉がいるんだったら、七つぐらいでつれてきとくれよ」
軽く睨む雪埜に、男は軽快に笑ってみせる。
「それは無理な話だ。先程手にいれたんで」
「ったく……いかほどだい?」
「そうですねぇ、声が出ないんでいつもより2割引としましょう」
雪埜は目を見開く。
「はぁ!?声が出ないのかい!?」
「はい、でも貴女が言うように見目は上玉だ。
これ以上は負けませんよ
気に入らないんだったら、他の店にやるまで」
「……!分かったよ」
数枚の金貨を着物の懐から取り出し、男の手に渡す。
男は「今後ともご贔屓に」と言い残し、出て行った。